【アルビー日記】人徳という見えない力――能力よりも大切なものとは何か

ビジネスを始めるといつも誰かが手を差し伸べてくれる人がいる一方で、非常に優秀で資金もあるのに、常に人間関係の衝突を繰り返し、縁が長続きしない人がいるのはなぜでしょうか。

人の営みとビジネスの世界を長く観察すればするほど、その答えは能力や資本、戦略や知識だけにあるのではないと確信します。もっと根本的な何かがあるのです。日本人はそれを「人徳(じんとく)」と呼びます。

能力が不要だと言っているのではありません。ただ、それらすべてが存在する前に、まず「人間」が存在しているのです。この連載「アルビー日記」では、インドネシアと日本を行き来しながら積み上げてきた私自身の経験と思索を、できるだけ率直にお伝えしています。今回はその中でも、私がもっとも大切にしている信念――「人徳」について、じっくりと書いてみたいと思います。

目次

1. 人は誰も「ゼロ」からは始められない

私たちはよく「ゼロからここまで築き上げた」と言いますが、深く考えれば、本当にゼロから始めた人など誰もいません。

生まれる前には、親がいました。働く前には、先生がいました。ビジネスをする前には、最初の顧客がいました。

私たちは皆、誰かが築いてくれた土台の上に立っています。ビジネスにおいても同じです。会社と会社が繋がっているように見えて、実際に繋がっているのは「人間と人間」です。「A社がB社と提携した」という表現の本質は、「AさんがBさんを信頼した」ということに他なりません。

信頼はまず「人」に宿り、その後に「組織」へと付いてきます。だからこそ、人生における最大の問いは「何ができるか」ではなく、「自分はどのような人間か」であるべきなのです。

インドネシアでビジネスを展開するなかで、私はこの事実を何度も目の当たりにしてきました。現地のパートナーや行政関係者との信頼関係は、契約書や実績よりも先に、人と人との誠実なやり取りから始まります。どれほど優れたビジネスモデルを持っていても、人として信頼されなければ、扉は開かれないのです。

2. 能力だけでは足りない理由

現代は能力が過剰に評価される時代です。誰もが早く賢くなり、早く富を得て、早く結果を出したがります。しかし、能力は人生の一要素に過ぎません。

ここに二人の人間がいます。

一人は、非常に器用でプレゼンが上手い人です。しかし、利益が出ると真っ先に自分のことだけを考え、損得勘定で動きます。

もう一人は、不器用だが約束を守る人です。他者を尊重し、窮地のときも仲間を見捨てず、責任から逃げません。

1〜2年の短期で見れば、前者の要領の良い人が成功しているように見えるでしょう。しかし、人生は数十年のスパンで進みます。そこで効いてくるのが「信頼の蓄積」です。

年月を経て、人々はこう言い始めます。「大切な案件があるから、彼に声をかけよう」「彼が管理してくれるなら安心だ」と。この決定は、頭の良さではなく、その人の「人間としての質」から生まれるのです。

私がインドネシアと日本の間で見てきた数多くのビジネスシーンにおいても、長期にわたって信頼関係を保ち続けられる人は、必ずといっていいほどこの「人間としての質」を備えていました。能力はスキルアップによって後天的に伸ばせますが、人徳はそれよりもずっと深いところから育てていく必要があります。

3. 人間の土台としての「仁・義・礼・智・信・忠・孝」

東洋の伝統には、何千年も磨かれてきた「ソーシャル・テクノロジー」とも言える価値観があります。

  • 仁(じん): 他者を思いやり、理解する心。
  • 義(ぎ): 困難であっても正しいことを行う勇気。
  • 礼(れい): 敬意を払い、調和を保つ作法。
  • 智(ち): 正しい決断を下すための知恵。
  • 信(しん): 信頼を裏切らない誠実さ。
  • 忠(ちゅう): 自分の責任に対するコミットメント。
  • 孝(こう): 多くの恩恵の中に生かされているという感謝。

これらが内面で育まれたとき、生まれるものこそが「人徳」です。それは肩書や資格ではなく、「この人と一緒なら安心だ」と周囲に思わせる人間力そのものです。

日本でもインドネシアでも、この価値観は文化の根底に流れています。言語も習慣も異なる両国ですが、「信頼できる人間とともにある」ということへの渇望は、どちらの社会にも共通しています。アービー・メソッドが日本とインドネシアの人材交流の現場で受け入れられてきた背景には、こうした普遍的な価値観への共鳴があるのだと、私は感じています。

4. 現実的な視点:人徳は「成功の確率」を上げるもの

ここで自身の思考を批判的に見る必要があります。「良い人になれば必ず成功する」というほど、現実は甘くありません。騙される善人もいれば、破産する正直者もいます。

したがって、私は人徳を「成功の保証」だとは思いません。むしろ、「長期的な成功の確率を高めるもの」だと捉えています。

人徳のある人でも、失敗し、挫折することはあります。しかし、彼らが落ちたとき、周囲には「もう一度立ち上がってほしい」と本気で手を貸す人々が集まるのです。これは決して偶然ではありません。長年にわたって誠実に積み上げてきた「信頼の貯金」が、危機の瞬間に引き出されるのです。

また、「義」や「智」のない「仁」は、ただの弱さになりかねません。優しさに毅然とした強さが伴って初めて、人間としての本当の強さになります。善意だけでは守れないものがある。だからこそ、知恵と勇気を伴った人徳が必要なのです。

5. 「臨界値」と、運・縁・時

インドネシアには「Mestakung(メスタクン/宇宙が味方する)」という言葉があります。私はこれを魔法のような現象ではなく、「臨界値(クリティカル・ポイント)」として理解しています。

水は30度から90度まで温められても、見た目の変化はありません。しかし、100度に達した瞬間、一気に沸騰します。人間の人生も同じです。何年もかけて目に見えない「信頼の貯金」を貯め続けていると、ある臨界点で、人生が突然ふさわしい出会いをもたらします。

それは、人生を動かす3つの要素が交差する瞬間です。

  • 運(うん)
  • 縁(えん)
  • 時(とき)

私たちは人生を完全にコントロールすることはできません。できるのは、自分を磨き、信頼される人間として「運・縁・時」が扉を叩くのを待つことだけです。

インドネシアと日本の間で仕事をしていると、こうした「Mestakung」の瞬間に何度も立ち会ってきました。長年誠実に関係を築いてきた人が、ある日突然、思いがけない形で大きなチャンスを手にする場面を、私は何度も目にしています。それは運だけではありません。その人が積み上げてきた人徳が、臨界値に達した結果なのです。

「Arbee Method(アルビー・メソッド)」や「Arbee Philosophy(アービー・フィロソフィー)」を通じて伝えたい「人徳」を説明したイラスト。

私がアルビー・メソッドで伝えたいこと

私が「Arbee Method(アルビー・メソッド)」や「Arbee Philosophy(アービー・フィロソフィー)」を通じて伝えたいのは、面接の受かり方やお金の稼ぎ方ではありません。それらはすべて、後からついてくる「結果」に過ぎないからです。

本当に大切なのは、人間としての質を高めることです。

お金も、役職も、会社も、いつかは消えてなくなるかもしれません。しかし、自分の名前が呼ばれたときに、誰かがこう言ってくれたとしたら――

「あの人なら信頼できる。」

それこそが、どんな富よりも価値のある無形の資産を築いた証拠です。

人徳とは、完璧な人間になることでも、聖人になることでもありません。いつか「運・縁・時」が訪れたときに、多くの人が心から「一緒に歩もう」と言ってくれるような、そんな生き方をすることなのです。

日本とインドネシア、ふたつの国と文化の間に立ち続けてきた私だからこそ、この「人徳」という言葉の重みを、より深く感じることができます。どちらの社会においても、最終的に人を動かすのは、肩書でも利益でもなく、「人間としての信頼」なのだということを、これからもアルビー日記を通じてお伝えし続けていきたいと思います。

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