インドネシアの新首都ヌサンタラへの投資

ウクライナ戦争長期化とインフレによる世界経済の成長鈍化が懸念される中、インドネシアを含む多くの国への影響が心配されますが、インドネシアでは同時に新首都への移転に関する議論が熱を帯びてきつつあります。

世界経済の状況は、不確実な変化への対応がますます難しい時代となりつつあるだけに、首都移転をめぐる議論の様相も、海外からの投資への依存度が高い点を鑑みると、着地点が簡単には見つけられない状況も予想されます。

しかし、こうした展開の中でこそ、「2045年における先進国インドネシア」への扉を開くためのプロジェクト、という新首都建設の「原点」に立ち返ることが求められているのかもしれません。初めに、水道セクターを例としながら、新首都への投資が抱えている課題を概観してみたいと思います。

出典: Joko現大統領公式twitter @jokowi

公共事業・国民住宅省の水資源総局長のリオノ・スプラント氏は種々の機会を捉えて、「新首都ヌサンタラには140を超えるインフラ投資機会が存在する」と強調していますが、こうした投資の呼びかけは、皮肉なことに、発表から3年経った今も新首都建設に要する資金調達が順調には進んでいないことをいみじくも示しています。こうしたインフラ投資機会の中でも重要なものの一つが、水道セクターへの投資です。

新首都ヌサンタラの開発に関心を示している国は数多くありますが、韓国もそのうちの一つであり、インドネシア政府によりますと韓国は63億7千米ドル相当の投資に合意しています。この投資により、58,000の雇用機会が生まれると試算されています。インドネシアが目指す、ヌサンタラにおける上水道システムを全体としてネットゼロ(温室効果ガスの正味排出量ゼロ)とする計画に韓国は賛同し、支援することを決断したとリオノ局長は説明しています。(Shofa, 2023)

出典: Joko現大統領公式twitter @jokowi

新首都ヌサンタラ建設に必要な要素の一つとして、東カリマンタン州北プナジャム・パスール県セパク郡の上水道関連施設の建設が今も続けられています。新首都が建設されることによって増大する水需要に応えるため、公共事業・国民住宅省は676兆7260億ルピアの予算を確保してセパク・スモイ・ダムの建設を進めています。このダムの建設によって浸水するエリアの面積は342ヘクタールに及び、貯水量は1,160万立方メートル、通常の放水量としては毎秒2,500リットルが予定されています(ANTARA News, 2022a)。

公共事業・国民住宅省は、セパク郡における上水関連施設として、取水施設と放水路のネットワークを建設するための土地収用を進めています。これらの関連施設のキャパシティーとしては毎秒3,000リットル、建設予算は3,640億ルピアが予定されています。当然ながら、これらの水道インフラの物理的建設に先立って土地の収用が必要になるため、現在土地収用と補償金の支払いが本年中に終えられるように準備が進められています(ANTARA News, 2022a)。

こうした水道インフラの、最低限の建設予算については政府によって確保されることが目指されていますが、逆に言えば、最低限の施設を超える部分については、予算確保の目途も立っていない、という現状が浮かび上がります。そうした事情が「新首都ヌサンタラにおける投資機会が豊富にあること」の裏側から見えてくるのです。

「水道インフラ」は新首都ヌサンタラのみならず、インドネシア全体にとって深刻な課題となっています。公共事業・国民住宅省のインフラ金融総局のヘリー・トリスプトラ・ズナ局長は、インドネシアが水道インフラの部門において他国に後れを取っている点を認めていて、バリ島で開催された世界水フォーラムで同局長は「水道インフラに関して言えば、インドネシアの公共水道による供給量は一人当たり50㎥に留まっているのに、他国は1,000㎥を超えています。この意味では大幅に遅れていると言わざるを得ませんので、解決すべき課題は山積しています」と明言しています(Indonesia Water Potal, 2022)。

現在の国家中期開発計画(RPJM)においては2020~2024年までの期間がカバーされていますが、当該中期計画には61のダム、50万ヘクタールの灌漑用水路の造成と200万ヘクタール分の施設修復、毎秒50㎥の原水の取得と500の貯水池の建設が含まれています。しかしながら、ヘリー局長によると、この計画がすべて達成できたとしても、まだまだ課題の解決には程遠い、という状況である上に、中期計画の実行に必要な予算のうち政府予算でカバーされているのは37%しかなく、この意味において深刻な予算不足に陥っています。こうした中でヘリー局長は「政府予算(APBN)の枠外での資金調達を何らかの形式で確保しなければなりません。

我々はクリエイティブな資金調達、増大するインフラ開発需要に、とりわけ水道インフラ関連の需要に民間投資家をどのように巻き込んでいくか、という問題に回答を見つける必要があるのです」と発言しています(Indonesia Water Potal, 2022)。新首都ヌサンタラのみならず、インドネシア全体にとってインフラ投資への予算確保、民間との連携が必要である自体を見ると、そもそも「新首都に移転している場合なのか」という疑問が湧いてくるかもしれませんが、新首都建設に対するジョコウィ大統領の並々ならぬ決意を見ておかないと、厳しい予算制約の中の新首都建設の意味がよく理解できない、ということになるでしょう。

ジャカルタからの首都移転という発想が最初に表明されたのは、初代大統領スカルノによってでした。彼は、中部カリマンタンのパランカラヤへの政府中枢機能の移転を構想していました。(パランカラヤについては、2017年5月3日のインドネシア総研・ウェブニュースをご参照ください:
https://www.indonesiasoken.com/news/palangkaraya/#:~:text=%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%80%81%E5%85%AC%E5%BC%8F%E7%9A%84%E3%81%AB%E3%81%AF,%E8%81%96%E5%9C%B0%E3%80%8F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82。)
第2代大統領スハルトの時代には、ジャカルタから西ジャワ州ジョンゴル地区への首都移転の話題が存在しました。さらに時代は下り、第5代大統領スシロ・バンバン・ユドヨノの時代においても、深刻な交通渋滞と毎年の洪水を発生させる街、ジャカルタからの首都移転について議論が再燃しました。しかしながら、過去のいかなる首都移転構想も実現には至りませんでした。

ジョコ・ウィドド現大統領は、事あるごとに、ジャカルタからヌサンタラへの首都移転実現に対してインドネシア政府が如何に真剣に取り組んでいるかを強調していますが、そもそもの首都移転計画が、必要な予算の80%は民間投資に期待する、という建付けになっていますので、政府予算だけですべてが粛々と進められるものではありません。

インドネシア投資省のラハダリア大臣は、2022年10月時点で、UAE、中国、韓国、及び台湾からの投資約束額が200兆ルピアを超えていると発表しました(ANTARA News, 2022b)。海外からの投資を如何に集めるか、という点がインドネシア政府にとっての喫緊の課題となっていることは明白です。

ジョコウィ大統領は、ヌサンタラへの首都移転をインドネシア社会が生まれ変わる契機として、また彼の2期10年間の政権運営の象徴的な遺産として後世に残したいと考えているようです。ジョコウィ大統領の熱意を反映するように、インドネシアの国民議会(DPR)は首都に関する法律2022年第3号を可決成立させ、新首都(IKN)行政機構を成立させる、同法の施行規則を策定しました。

2022年3月、ジョコウィ大統領はインドネシア全土の州知事を招集して新首都となる地区の小高い丘でキャンプさせ、ヌサンタラの原点を共有するというイベントを開催しました。2022年10月、同大統領はバリクパパン(東カリマンタン州の主要港湾都市)から北プナジャム・パスール(新首都ヌサンタラの場所)への海上輸送路を自ら体験し、新首都建設のための主要な輸送経路を自ら確認しました。大統領のこうした度重なる現地訪問は、彼が新首都移転に対して如何に真剣であるかを物語っていることは確かでしょう。

ジョコウィ大統領自身が、投資家への直接の呼びかけを行ったりもしています。2022年10月18日にジャカルタで行われた投資フォーラムにおいて、同大統領は、内外の投資家に対して、新首都の建設がインドネシアにとって持つ意味を語りました。

出典: Joko現大統領公式twitter @jokowi

「もしいますぐにでも社会の変容を実行しなければ、我々は永久に先進国にはなれない。新首都ヌサンタラ開発の意味について、私はこの点を数々の機会に発信してきた。この場でも、この点を繰り返し強調したい。躊躇するとしたら何故か?法的根拠?根拠法令は明確であり、2022年第3号法令が93%の賛成を得て国民議会にて可決された。何らかの疑念があれば、ここに臨席している国民評議会(MPR)議長のバンバン・ソエサトヨ氏に聞いてみると良い。

我々は、ジャワ中心の発展ではなく、インドネシア中心の公平な発展をもたらしたい。インドネシアを構成するのはジャワ島だけではないのだから。インドネシアには17,000の島々、514の県と市、34の州がサバンからメラウケまで、ミアンガス島からロテ島まで広がっているのである。にもかかわらず、インドネシアのGDPの58%はジャワに集中している。

同様に人口の56%、つまり1億4,900万人がジャワに集中している。どれだけの負担がジャワに集中しているのであろうか。国土全体を見渡した経済的正義がインドネシアには必要、ということを私は常々言っている。17,000の島々に公平な発展が必要なのである。新首都ヌサンタラ建設を通して、我々はこうしたことを期待しているのである。

新首都は、森と自然に立脚した未来のスマートシティである。そんな首都は世界初である。世界初でないなら、他の例を教えて欲しい。新首都の70%のエリアは緑地になり、これこそが我が新首都を他の国々の首都から差別化するものである。我々は新首都の建設地として生産林を利用するのである。自然林ではない。彼の地はモノカルチャーの生産林、パルプの生産のために6~7年ごとに切り倒されるユーカリの木だけが植えられているのである。私は林業のことはよくわかっている。

だから、新首都建設が森林破壊になる、等とは言わないで欲しい。現状は、6~7年ごとに切り倒される生産林なのである。それを将来の新首都において、在来種、固有種の樹木を含む多様性のある森林へと生まれ変わらせ、カリマンタンに熱帯雨林を再生させることになるのである」(Cabinet Secretariat of the Republic of Indonesia, 2022)。

上記のスピーチからも窺える通り、ジョコウィ大統領は何にもまして新首都建設を「インドネシア社会変革の象徴」という位置付けで推進しようとしています。新首都の完成は、現時点では2045年を目標としていますが、この目標は2045年までに先進国の仲間入りをするという目標とも連動しており、インドネシア独立から100年の節目に一人当たりGDPの目標値は23,119米ドルと設定されています。

これは2021年が約4,300ドルであることを考えると相当に野心的な目標です(2021年から年率7%で20年以上成長しても達成不可能)。現大統領はこの野心的な目標を達成するために、新首都ヌサンタラを環境に優しいスマートシティとして建設しようとしています。ヌサンタラがスマートシティとして成立するためには、電気自動車を支える充電施設等のインフラ整備が必要であり、そうした電力需要が再生可能エネルギーによって供給される、という状況が達成されねばなりません。

次に、インドネシア全土にとって公平な経済発展をもたらす、という目標については、どのような展望があるのでしょうか?現在のインドネシアでは、ジャカルタ、バンドン、スラバヤ、といったジャワ島の大都市が経済活動の中心となり、政治的には、ジャカルタのエリートが重要な政策を決定している、という状況でしょう。

この現状に対して、ジャワ島以外の島への首都移転によって、地域間の国内貿易が活発になり、新首都のみならず、その周辺への投資が活発化し、経済活動の多様化、多地域連携が見込まれています。この意味において、ジャワ島以外の島にとっては、特にカリマンタン島にとっては、従来は存在していなかったセクターの経済活動が盛んになることが期待されているわけです。(ANTARA News, 2022b)

新首都ヌサンタラ建設に必要な資金の確保が困難な課題であること、同時にジョコウィ大統領の新首都建設への意欲が並々ならぬものである点を見てきました。この巨大プロジェクトが、ジョコウィ大統領の任期中に完了するものでは全くない以上、同大統領の強い意志だけでプロジェクトの成功が保証されるものではないことは明らかです。恐らく、彼が任期中にできることは、インドネシア国家が巨大プロジェクトのスタートラインに就くことを促すことだけかもしれません。

そうした状況ではありますが、プロジェクトの規模が大きいので、一旦始まってしまえば、「後戻りは不可能」になる可能性はあります。そうした方向性を補強する要素の一つとして、例えば、カリマンタンの隣国ブルネイの主要な実業家が新首都への再生エネルギー分野への投資に関心を示している、といった話題があります。

在ブルネイ・インドネシア大使館のスジャトミコ大使は、2023年1月30日にブルネイで開催された投資セミナーにおいて投資家からの直接のオファーがあったことを明らかにしました。同大使は、ブルネイと新首都ヌサンタラの位置関係を理解すれば、ブルネイの投資家が関心を示すのは当然だと述べています。

上述の通り、独立100周年を迎える2045年に世界で5番目の経済大国となり先進国の仲間入りを目指しているインドネシアにとって、新首都の建設はこの目標を達成するための重要な手段として位置づけられています。そのために必要とされる海外投資に、インドネシア政府は現在投資家へのインセンティブを準備しています。

ブルネイでの投資フォーラムでは、2024年中に投資可能になる、6つの医療施設、4つの教育施設、3つのオフィスビル、5つの複合施設、3つの住宅地が紹介されましたが、ヌサンタラ首都行政庁(OIKN)によると、新首都における投資機会に対して既に70の関心表明書(Letter of Intent)を受領したそうです。政府からは、海外投資家に対して、インドネシア・インフラ保証基金(IIGF)を通じた投資保証を付与する意向です。(ANTARA News, 2023)。

長期にわたるコロナ禍の影響により、新首都移転への準備プロセスは決して順調に進んでいるとは言えない状況ではあるものの、同時に、ジョコウィ大統領の揺るがない決意が、そのプロセスを少しずつ前に進め始めている、と言えるかもしれません。

インドネシアおける水道セクターに関心がある企業様、新首都移転について詳しく知りたい企業様、関連する現地企業とのコンタクトを求めている企業様は、弊社、インドネシア総研がお手伝いさせていただきますので、お気軽にお問合せください。

株式会社インドネシア総合研究所
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