【コラム】インドネシアにおけるニッケル~(後編)インドネシアのニッケル生産について ~
原材料としてのニッケル鉱の輸出を禁ずるインドネシア政府の方針発表から、コラム前編では鉱物としてのニッケルについてご紹介しました。後編では、インドネシアのニッケル生産についてご紹介いたします。
世界のニッケル生産
アメリカの地質調査によると 1 、2020年に全世界で採掘されたニッケルは年間250万トンを超えると推定されています。
その内訳は以下の通りです:インドネシア76万トン、フィリピン32万トン、ロシア28万トン、ニューカレドニア20万トン、オーストラリア17万トン、カナダ15万トン
以上より、現在はインドネシアが世界最大のニッケル生産国であることがわかります。
ロシア以外のヨーロッパで最大規模のニッケル鉱山はフィンランドとギリシャに存在しています。
土中のニッケル含有量が1%を超える鉱山に含まれるニッケルの含有量は1億3,000万トンを超えると見積もられています。
前回の記事でも言及しましたが、ニッケル埋蔵量の60%はラテライト鉱床、40%は硫化鉱床に存在しています。
また、非常に大規模なニッケル鉱床が太平洋の海底深部、クラリオンクリッパートンゾーンと呼ばれるエリアの、海面から3,500~3,600メートルの地点に存在する多金属団塊という形態で発見されています。この団塊の中には数多くのレアメタルが含まれており、ニッケルの含有量は約1.7%と推定されています。
国際海底機構は、国連の定めた持続可能な開発目標(SDGs)に沿って、環境に配慮した形で海底の調査、採掘が行われるように規定しています。(国際海底機構戦略計画2019~2023年)
US Geological Survey. 2021. Mineral Commodity Summaries, available at https://doi.org/10.3133/mcs20212 International Seabed Authority. "Strategic Plan 2019-2023" (PDF). isa.org. International Seabed Authority. Retrieved January 27, 2021.
世界のニッケルの生産推移
出典: U.S. Geological Survey, 2013, (http://minerals.usgs.gov/ds/2005/140)
世界のニッケルの生産(2020年)
出典: US Geological Survey, 2021 "Nickel Data Sheet – Mineral Commodity Summaries 2021" (PDF))
インドネシアにおけるニッケル生産
歴史を振り返ると、インドネシアにおけるニッケルの掘削と生産はオランダ東インド会社の時代の小規模な試験的採掘に始まり、1960年代に急拡大しました。インドネシアにおけるニッケルの資源調査は19世紀初頭に始まりましたが、それはオランダの鉱物学者たちによるスラウェシ島ヴェルビーク山でのもので、その活動はその後カナダの鉱山企業も巻き込んでスラウェシ島コラカ県でのニッケル鉱床の発見につながりました。1934年にはオランダの鉱山企業も調査を開始し、1936~41年にかけて初期の生産がスタートし、第二次大戦中の日本軍による占領時に生産が拡大しました。
インドネシアの独立後、アメリカのフリーポート硫黄会社が鉱物採掘のオペレーションを確立しようとしましたが、安全上の理由から断念しました。NV Pertoというインドネシアの会社がインドネシア政府によって鉱物の採掘が管理されるまでの間、オペレーションを引き継ぎました。
1961年にインドネシア政府によって鉱山事業が完全に管理下に置かれた後に、NV Pertoという会社はPertambangan Nikel(「ニッケル鉱業」の意、以下PN)インドネシアという企業に名称変更して、再編成されました。インドネシアではその当時、純度の低いラテライト鉱床を湿式冶金法のラインで製錬するプラントは存在していませんでした。ニッケル含有率の高い腐食岩石を高温冶金法でプロセスし、ニッケル鉄あるいはニッケルマットを生産していたのです。スラウェシ島南東部ではその後、ラテライトを高温冶金法でプロセスしてニッケル鉄を生産するプラントが設立されました。
PNインドネシア社は、後に共同で国営企業のAneka Tambang(Antam)社を構成することになる諸企業と協力して、ニッケルの生産・輸出能力を高める努力をしてきました。Antam社は、1969年にニッケル鉱の日本への輸出を開始しました。1970年代にインドネシアは、鉱山業に関連した海外直接投資を受け入れるよう表明し、ブラジルの大手鉱山企業のVale社は、子会社のVale Indonesia社を設立し、1978年以降スラウェシ島のソロアコで商業的ニッケル生産を行っています。
基本的には、インドネシアにおけるニッケル生産は、Antam社あるいはVale Indonesia社のいずれかによって行われています。ニッケルの大規模な生産拠点は、下図にある通り、南スラウェシ、南東スラウェシ、中部スラウェシ、及び北マルクです。これらの大生産地以外にも、東カリマンタンのパセール県、西パプアのラジャ・アンパット県、及びマルク州の西セラム県等でもニッケルの生産が行われています。パプアの新しい鉱床に関しては、現在、調査が行われています。
出典:Mineral Strategis di Kabupaten/Kota". geologi.esdm.go.id (in Indonesian). Retrieved 9 September 2019. Stock/Reserve of Nickel:4.5 Billion Ton1.8 Billion Ton0.1Billion Ton1.0Billion Ton1.4 Billion TonDistribution of Indonesian Nickel Ore ReservesSource:BadanGeologiIndonesia,2019
2005年以降、ニッケル含有率の低い低品位ラテライトは、高温冶金法によりニッケル銑鉄(NPI)の生産に利用されるようになりました。さらに重要なのは、NPIがステンレス鋼の生産においてフェロニッケルの代わりに利用されるようになったという点です。ラテライトを資源としては保有していない中国が、NPIの生産におけるパイオニアとなり、最大の生産国となっています。NPIの生産原料として、中国はフィリピンとインドネシアからラテライトを輸入しています。中国は、低品位のリモナイトをフィリピンから、インドネシアからは低品位の腐食岩石を輸入しているのが現状です。
インドネシア、バンテン州のチレゴンではIndoferro社が、中国以外では最も早くNPIの生産を始めた工場の一つを稼働させています。Indoferro社は、2012年以降、溶鉱炉を使って低品位ラテライトからNPIの生産を行っています。
出典:Prasetyo, P. 2017. The effect of entry into force of the mining law 2009 began January 2014 in the production of NPI (Nickel Pig Iron) in China. IOP Conf. Series: Materials Science and Engineering 285(2018) 012015 doi:10.1088/1757-899X/285/1/012015 (https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1757-899X/285/1/012015/pdf)
United Nations Conferenc、e on Trade and Development (UNCTAD). Using trade policy to drive value addition: Lessons from Indonesia’s ban on nickel exports. Bacxkground document to the Commodities and Development Report 2017. (https://unctad.org/system/files/non-official-document/suc2017d8_en.pdf)
2014年1月インドネシア政府は、国内の金属加工産業の発展を促すために、ニッケルを含む多数の鉱物資源の輸出禁止を発表しました。しかし、この輸出禁止措置は2017年に撤回され、鉱山企業 は暫定的に2022年まで鉱物の輸出を許可されるに至ったのですが、再度、この期限が前倒しに変更され、2020年1月に輸出が禁止されました。
海洋投資関連事項調整大臣は、「政府はニッケルを利用するリチウム電池産業のサプライチェーンにインドネシア企業がしっかりと組み込まれることを意図している」と述べており 、輸出禁止を間近に控えた2019年に世界のニッケル価格は8.8%上昇し、ここ5年間での最高値を記録しました。
出典:Indonesia nickel-ore export U-turn throws up investor red flag: Analysts". Singapore News Today. September 2019. Retrieved 4 April 2021 (https://singaporenewstoday.com/indonesia-nickel-ore-export-u-turn-throws-up-investor-red-flag-analysts/)
Wallace, Joe (30 August 2019). "Nickel Prices Soar as Indonesia Brings Forward Export Ban". Wall Street Journal. Retrieved 4 April 2021
(https://www.wsj.com/articles/nickel-prices-soar-as-indonesia-brings-forward-export-ban-11567177511).
過去5年間のニッケルの取引価格
出典:Market Insider; https://markets.businessinsider.com/commodities/nickel-price
2020年4月にさらなる展開があり、ニッケルの最低価格を定める規制が導入され、2020年5月に発効しました。
この最低取引価格に関する規制は、小規模採掘業者の保護を目的としてインドネシアニッケル鉱業協会(APNI)によって要請されたものでしたが、鉱物精錬業協会(AP3I)はその当時、この規制によって製錬業界の価格変動への対応能力が著しく損なわれることを理由に同規制に対して強い反対を表明しました。
リチウム電池生産のサプライチェーンにインドネシア企業がしっかりと組み込まれる、という目標を背景として、インドネシア政府は同国におけるニッケル生産への統制力を高めるためにVale Indonesia社の株式の20%を取得することを試み、2020年6月、同社の発行済み株式の20%はインドネシアの国営企業(鉱工業の持株会社)Mind Id社によって3億9,000万ドルで買い取られました。
Indonesia sets price floor for nickel ore to protect small miners ". The Jakarta Post. 24 April 2020.Retrieved 4 April 2021
(https://www.thejakartapost.com/news/2020/04/24/indonesia-sets-price-floor-for-nickel-ore-to-protect-small-miners.html).
Indonesia state company to acquire stake in nickel miner". Nikkei Asian Review. June 22, 2020. Retrieved April 2021. (https://asia.nikkei.com/Business/Markets/Commodities/Indonesia-state-company-to-acquire-stake-in-nickel-miner)
この動きの背景には、現在大変なブームを迎えつつある電気自動車に深く関連するリチウム電池の生産への関与だけでなく、同社の営業許可が期限を迎える2025年以降もVale社のインドネシアでの活動を確保する、というVale Indonesia社とインドネシア政府との2014年時点での合意を履行する、という側面もありました。
下表にある通り、2020年時点でインドネシアにおいて製錬事業の営業許可を得ている企業は11社あり、これらの企業はすべてインドネシアにおけるニッケルの掘削と製錬の許可、及び政府との事業運営契約を結んでいます。
鉱山業許可/ニッケル生産契約データ(2020年9月時点)
州 | 鉱物調査許可 | 生産許可 | 計 |
Maluku | 0 | 2 | 2 |
North Maluku | 0 | 45 | 45 |
Papua | 0 | 2 | 2 |
West Papua | 0 | 4 | 4 |
South Sulawesi | 2 | 1 | 3 |
Central Sulawesi | 0 | 85 | 85 |
South-east Sulawesi | 1 | 154 | 155 |
合計 | 3 | 293 | 296 |
生産のための鉱山業及び製錬業許可を持つ事業者リスト
No | 事業者名 | 場所 |
1 | PT ANTAM, Tbk | Konawe selatan / South-east Sulawesi |
2 | PT Aneka Tambang Haltim | Halmahera Timur / North Maluku |
3 | PT Fajar Bhakti Lintas Nusantara | Halmahera tengga / North Maluku |
4 | Bintang Delapan Mineral | Morowali / Central Sulawesi |
5 | Bintang Delapan Energi | Konawe selatan / South-east Sulawesi |
6 | PT Gebe Sentral Nikel | Halmahera tengga / North Maluku |
7 | PT Trimegah Bangun Persada | Halmahera selatan / North Maluku |
8 | PT Gane Permai Sentosa | Morowali utara / Central Sulawesi |
9 | PT Mulia Pasific Resources | Morowali / Central Sulawesi |
10 | PT Itamatra Nusantara | Halmahera selatan / North Maluku |
11 | PT Vale Indonesia | Morowali, Luwu utara, Kolaka, Kolaka utara |
出典:エネルギー鉱物資源省WEBサイトより弊社作成(閲覧日:2021年4月26日) https://www.esdm.go.id/id
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