【コラム】ディーセント・ワーク指標から見るインドネシアの雇用

世界第4位の人口を抱えてなお、いまだ人口ボーナス期にあるインドネシアは、豊富な労働人口を背景に急速に経済発展を続けてきました。インドネシアの2022年通年のGDP成長率は5.31%と、過去8年でも最高を記録しています。同年の日本のGDP成長率が1.2%であったことを踏まえると、インドネシアがいかに急速に発展してきているかが分かるのではないでしょうか。

(参考:https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/02/44cda2c6f5d5f2fa.html
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA162T90W3A510C2000000/)

しかし、インドネシアでは、目覚ましい経済発展の裏側で、労働人口の多さに対して雇用が十分でない、労働環境が整っていないといった指摘もなされてきました。そこで、今回の記事では、インドネシアにおける労働人口の就業状況と、雇用の在り方について、ディーセント・ワークの指標を用いて解説していきます。

インドネシアにおける失業率の推移

インドネシアにおける雇用の状況を知るため、インドネシアにおける完全失業率の推移を、人口動態とともにグラフに表すと、以下のようになります。ここでの完全失業率とは、15歳以上の働く意欲のある人(労働力人口)のうち、仕事を探しても仕事に就くことのできない人(完全失業者)の割合を示すものです。

(図:World Population Prospects Webサイトhttps://population.un.org/wpp/ ,
世界銀行Webサイト https://data.worldbank.org/indicator/SL.UEM.TOTL.ZS?end=2022&locations=ID&start=1991&view=chart
より弊社作成 閲覧日:2023/7/11)

インドネシアにおける完全失業率は1990年代後半以降、アジア通貨危機、スハルト政権の崩壊による政治的混乱もあり上昇を続け2000年代初頭には7~8%程度にまで悪化しました。単純計算で、インドネシアの労働人口の12~14人に1人が完全な失業状態にあったことになります。しかし、その後は好調な経済成長に支えられ、2010年代には失業率は低下し5%以下にまで低下しました。また、人口の増加は続きつつも、失業率は低下していることから、被雇用の労働人口がますます増えてきたことが分かります。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、2020年には失業率が一時的に高まりましたが、現在は緩やかに低下しつつあります。
インドネシアで指摘されてきた雇用の不足と失業率の高さは、近年解消されつつあると言えるでしょう。

ディーセント・ワークとは


失業率の低下から、インドネシアにおいて雇用の不足が徐々に解消されつつある中で、この先重要性を増していくと考えられるのが「ディーセント・ワーク」の概念です。近年日本でも企業の雇用などにおいて使用されるようになってきつつあるため、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

国際労働機関(ILO)によると、ディーセント・ワークとは、「働きがいのある人間らしい仕事、より具体的には、 自由、公平、安全と人間としての尊厳を条件とした、 全ての人のための生産的な仕事」を指します。

(参考:https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/decent-work/lang–ja/index.htm)

ディーセント・ワークには、
(1)仕事の創出
必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事を作り出すことを支援
(2)社会的保護の拡充
安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備・社会保障の充実
(3)社会対話の推進
職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いの促進
(4)仕事における権利の保障
不利な立場に置かれて働く人々をなくすため、労働者の権利の保障、尊重

(参考:https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/decent-work/lang–ja/index.htm )

の4点の実現が必要とされており、日本でも、労働政策や企業の方針に盛り込まれつつあります。
インドネシアでもディーセント・ワークの重要性は認識されており、2015年2月には、ジャカルタで「持続的かつ包摂的で持続可能な経済成長、生産的な完全雇用、すべての人のディーセント・ワークの促進」という会議が開催されました。

ディーセント・ワーク指標から評価するインドネシアの雇用状況

それでは、2022年に発表されたインドネシアのディーセント・ワーク指標の報告書から、現在のインドネシアの雇用の状況とディーセント・ワークの実現状況について、特に重要な指標を取り上げながら各項目を見ていきましょう。

(1)仕事の創出
仕事の創出の観点でまず基本的な数値として挙げられるのが人口に対する雇用率(EPR: Employment to Population Ratio)です。これは、生産年齢人口全体に対してどれだけ雇用があるか、という指数です。先に提示した完全失業率のグラフは、「求職しているが仕事が得られていない人の割合」を指すのに対しEPRは、「生産年齢人口をどれだけ活用できているかの割合」を示します。
一般に、比率が高いほど、労働市場が健全で、雇用の機会が増え、利用可能な労働力がより活用されていることを示します。

(図:インドネシア統計局 Webサイトhttps://www.bps.go.id/publication/2023/04/17/65695a2b5a039c58071d23b6/indikator-pekerjaan-layak-di-indonesia-2022.htmlより弊社作成 閲覧日:2023/7/11)

EPR全体の64.61という数字は、生産年齢の人々が100人いたとして、働いている人は64人いることを意味します。2021年と比較すると、インドネシアのEPRは微増傾向にあることがわかります。

ただし、男女間では大きく差があり、インドネシアでは労働力として働いている女性の割合は男性より少ないことが分かります。今後のインドネシアにおける女性の社会進出という観点から、労働力の活用の余地が十分にあると考えられるでしょう。
また、インドネシアの都市部と農村部で雇用自体はそれほど不均衡ではなく、むしろなんらかの労働に従事している人の割合は農村部の方が高いことが分かります。インドネシアの都市部は人口が過密で慢性的に雇用が不足していることや、雇用されていない学生や、学校を卒業した直後の若者のなどが集まっていることなどが理由として挙げられるでしょう。

(2)社会的保護の拡充
インドネシアにおける労働の大きな特徴が、「非公式経済」への従事者の多さです。非公式経済とは、経済のうち課税や各種政府による規制を一切受けない部門のことを指し、その従事者とは、社会保険の対象にならない状態で働くパートタイムや臨時雇いの労働者を指します。こうした人々は、経済の状況によって、急激な所得の減少や生活手段の喪失に直面しやすく、脆弱な立場にあります。

(図:インドネシア統計局 Webサイトhttps://www.bps.go.id/publication/2023/04/17/65695a2b5a039c58071d23b6/indikator-pekerjaan-layak-di-indonesia-2022.htmlより弊社作成 閲覧日:2023/7/11)

インドネシアに限らず、東南アジア地域では、非公式経済従事者が多い傾向にあります。
インドネシアのデータからは、女性が非公式経済に従事しやすくやすくより脆弱な環境にあることや、都市部と地方の大きな開きが指摘できます。地方の主な非公式経済の部門として農業が挙げられ、そこに従事する人々の多さが反映されていると考えられます。

また、同じ統計では、インドネシアでは最終学歴が高いほど正規の労働に従事する割合が高いことが明らかになっています。2022年のデータでは、インドネシアにおける労働人口のうち小学校卒の約80%が非公式経済労働者であるのに対し、大学を卒業した場合は約19%で、最終学歴が高くなるほど割合が低くなることが分かっています。
また、社会保障の観点からは以下のような傾向があります。

(図:インドネシア統計局 Webサイトhttps://www.bps.go.id/publication/2023/04/17/65695a2b5a039c58071d23b6/indikator-pekerjaan-layak-di-indonesia-2022.htmlより弊社作成 閲覧日:2023/7/11)

インドネシアでは男性と比較して女性の労働者の方が社会保障を受け取っている割合が高く、また都市の方が地方より社会保障を受けている割合が高い傾向にあります。
ここには、第3次産業に就く女性の割合が多いことや、都市と地方の産業の違いが理由にあると考えられます。
インドネシア全体として社会保障にはまだまだ拡充の余地があると言えるでしょう。

(3)社会対話の促進
ここでの社会対話の促進とは、雇用関係にある労働者と雇用主の間で、労使関係について適切な対話の場を設けられるよう後押しすることを指します。
インドネシアでは、労働組合への加入は法律で認められており、公正な労使関係を築くことを目的としています。
しかしながら、2022年度のデータで労働組合に加入しているインドネシア人労働者の割合は、全体ではわずか11.76%でした。

インドネシアにおける職業別の労働組合加入率(%)

(図:インドネシア統計局 Webサイトhttps://www.bps.go.id/publication/2023/04/17/65695a2b5a039c58071d23b6/indikator-pekerjaan-layak-di-indonesia-2022.htmlより弊社作成 閲覧日:2023/7/11)

職業ごとに見ると、インドネシアにおいて労働組合への加入率が最も高いのは専門家、技術者、およびそれに類似する職業であり、32.52パーセント、つまり、従業員100人のうち約33人が労働組合に加入しています。

一方で、農業、プランテーション、畜産、漁業、林業と狩猟などの一次産業従事者の労働組合加入の割合は1.97%であり、農業、プランテーション、畜産、漁業、林業、狩猟の労働者100人中約2人だけが労働組合に加入しています。業界の性質自体も関わってくるものの、適切な労働環境を守るためには今後さらに労働組合への加入率をあげていくことが求められるでしょう。

(4)仕事における権利の保障
権利の保障の観点では、賃金の平等と児童労働の根絶の二点がインドネシアにおける重要な指標となっています。

(図:インドネシア統計局 Webサイトhttps://www.bps.go.id/publication/2023/04/17/65695a2b5a039c58071d23b6/indikator-pekerjaan-layak-di-indonesia-2022.htmlより弊社作成 閲覧日:2023/7/11)

グラフからは、インドネシアの男女間の賃金格差や都市部と地方の賃金格差はただ、賃金の面では、インドネシアの男女平等は日本と比較しても進歩していると言えます。

例えば、日本の2021年の男性一般労働者の給与水準を100としたときの女性一般労働者の給与水準は75.2ですが、同じ年の2021年のインドネシア全体での2021年の男性一般労働者の給与水準を100としたときの女性一般労働者の給与水準は79.4と、むしろ日本より賃金面での男女の平等は進んでいる傾向にあります。

(参考:https://www.gender.go.jp/research/weekly_data/07.html)

一方で、インドネシアでは都市部と地方の格差に加え、学歴と賃金の相関がかなり大きいことなども調査で指摘されており、課題はいまだ残っていると言えるでしょう。

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また、インドネシアではこれまで、たばこ農場などでの児童労働が問題になってきました。

インドネシア政府は2022年までに児童労働を根絶させる計画を立てていましたが、2023年時点で完全な根絶には至っていません。しかし、絶対値でも割合でも2022年までに全体では大きく減少してきています。
インドネシア統計局は以下のような式で児童労働の割合を計算しており、それによれば、2021年の児童労働の割合は1.82%、2022年は1.74%となっています。

<児童労働の割合>

児童労働はとりわけ地方の学校に通っていない子どもたちに多い傾向があり、教育の格差やその後の貧困の再生産につながりかねないため、引き続き根絶のための対策が求められています。

ここまで見てきたように、インドネシアでは完全失業率が下がってきているものの、ディーセント・ワークの観点から見ると、いまだインドネシアの雇用にはさまざまな問題が残されています。とりわけ、男女間の格差、都市部と農村部の格差は、雇用機会や権利の保障といった側面からかなり顕著な傾向にあります。

インドネシア政府は、同様のILOからの指摘も踏まえ、ここ数年ディーセント・ワークを推し進める方針を明確にしています。日本企業がインドネシア現地で雇用を行う場合、適切な労働環境を整え、ディーセント・ワークのコンセプトをしっかりと実現することが、優秀な人材の確保のために重要になってくるでしょう。

日本とインドネシアに拠点を持つ弊社では、日本の企業様がインドネシアでビジネスを行うにあたっての事前調査や現地での雇用のサポートに多数の実績がございます。
インドネシアへの進出についてのご質問やご相談がございましたらお気軽にお問い合わせ下さい。

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株式会社インドネシア総合研究所
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