【産業】インドネシアにおける電気自動車普及への取組

(アセアン各国の事情を一部含む)

インドネシアの戦略≒アセアンの戦略

インドネシアの外務省は、東南アジアが世界経済にとっての成長のエンジンとなるための方策について同国が真剣に検討しており、そのテーマに直接関連するものとして、アセアン全体が電気自動車の地域的業界基準について議論をしている、と表明しています。

外務省のアセアン協力総局のシドアルト・スルヨディプロ局長は、「現在のアセアンにおける議論の焦点は、同一のあるいは類似の規制を各国が採用することにより、アセアン地域全体で業界基準を統一することに関連しています。そうすることで、各国のメーカーはそれぞれの国内市場だけを標的にすることなく、地域全体をターゲットとして活動することができます。この点についてアセアン各国は共通の理解を持っています」と2023年2月の会議で述べています(Shofa, 2023)。シドアルト局長は、東南アジアは一つの経済ブロックとしては規模が大きいので、電気自動車の標準を定める地域単位としては優位性がある、と強調しています。

また、ジョコウィ大統領は、2022年11月に開催されたアセアン・日本サミットにおいて、日本に向けてアセアンの電気自動車関連産業に対する投資と技術移転をしてアセアン域内の協調的サプライチェーン構築に参加するように呼びかけました。同大統領は、2027年にはアセアン域内の電気自動車市場は27億米ドルに成長するという予想に基づき、アセアンの潜在的市場規模をアピールポイントして、海外からの投資を呼び込もうとしています。

もちろん、アセアンの基準が、アメリカ企業や中国企業が現在参照している諸基準からかけ離れたものとなってしまうと、それが新たに世界基準になるとは考えにくく、他地域との協調・両立可能性も視野に入れておくべき事柄だと思われます。ただし、世界の多くの国々が、二酸化炭素排出量の削減目標達成のための手段として、電気自動車に着目している状況において、また同時に(ロシア・中国などの地政学的リスクの表面化により)各国がサプライチェーンの多様化によって経済的脆弱性を克服することを目指している状況の中で、東南アジア地域の戦略的役割は増大しており、電気自動車の世界的なサプライチェーン・ハブとなることも、工夫次第では現実的な目標になり得ると言えるでしょう。

国際再生可能エネルギー機関によると、2025年までに東南アジア地域の全車両の20%は電気自動車になると予想されており、総人口が6億8千万人を超える同地域における電気自動車市場のポテンシャルは、台頭する中間層を考慮すると想定以上に成長する可能性があります。こうした状況において、インドネシアを含む東南アジア各国は、電気自動車関連の部品産業などの国内産業を整備し、電気自動車のサプライチェーンの柔軟性と問題解決能力を高め、温室効果ガス排出量削減を各国政府がサポートする体制を構築しようとしています(Fallin and Lee, 2022)。

アセアン加盟国の貿易の四分の一は他のアセアン加盟国との貿易であり、アセアン域内でのサプライチェーン整備には大きな可能性と意義がある、というのが各国の共通認識でしょう。インドネシアは、このアセアン域内での協調的収益構造の確立に多大な関心を持っており、2023年におけるアセアン議長国として、インドネシアは「化石燃料からクリーンな再生エネルギーへの転換を支えるために、まず初めに電気自動車に関する地域内での協調的収益構造に焦点を当てて取り組みたい」とレトノ・マルスディ外務大臣もアセアンの会議で発言しています(Shofa, 2023)。

インドネシアの国内の状況、特に法規制枠組を含む政府の方針に目を向けると、アグス・グミワン・カルタサスミタ工業大臣は、国営企業と民間セクターとの官民連携がインドネシアにおける電気自動車開発を促進する原動力となるだろう、と述べています。官民連携の皮切りとして、国営石油会社プルタミナ、電動バイク製造のエレクトラム(オンライン配車サービス大手のゴジェックと国営炭鉱会社のTBS・エネルギー・ウタマが2021年に設立した合弁企業)とグシッツ、台湾のシェアスクーター企業のゴゴロの4社による実証実験が行われました。グシッツがゴジェックのドライバーに電動バイクを提供し、プルタミナが運営する南ジャカルタ市内のガソリンスタンドにゴゴロの支援で電動バイク用のバッテリー交換所を設置する、という仕組みです。

同大臣は、「路上輸送向けバッテリー駆動型電動自動車の加速化プログラムに関する2019年第55号大統領令にて明記されている通り、インドネシアは電気自動車時代に突入する準備はできています」と2022年2月時点で力説しています。

インドネシア政府は、2025年までに電気自動車の比率を20%に引き上げる、という目標を設定し、内燃エンジン、ハイブリッド型エンジン、さらにはプラグインハイブリッドに関する技術の継続的発展を目指しています。同時に、水素燃料電池を使用した自動車の開発も国家開発目標ロードマップの中には含まれており、政府が設定した国内電気自動車産業の生産目標は、2030年までに電気自動車・バスを年間60万台生産するというもので、これにより化石燃料の消費が年間300万バレル節約でき、二酸化炭素の排出量としては140万トンの削減に相当します。工業大臣は、「こうした戦略的施策の実施により、インドネシア政府の目標、2030年までに温室効果ガス排出29%削減、2060年までにネットゼロ社会の実現という目標の達成が現実的になります」と強調しています。

工業省は、2019年第55号大統領令にて策定された諸規則をフォローアップするために、二つの省令を定めています:一つ目は、電気自動車の技術仕様、ロードマップ、及び現地調達率の計算に関する2020年第27号工業省令で、インドネシアの自動車産業が電気自動車の製造と輸出に関するハブになる、という政府目標をサポートするための諸プログラム、諸政策、諸戦略に関するガイドラインを設定しています。また、二つ目は、電池式電気自動車に関する2020年第28号工業省令で、インドネシアにおけるバッテリー駆動型の電気自動車の生産能力発展について規定しています。(Cabinet Secretariat, 2022)

言うまでもありませんが、電気自動車の製造にとって本質的に重要なのは、バッテリーです。東南アジアを含む、インド洋・西大西洋地域全体における電気自動車用バッテリーの市場は、2028年までには900億ドルを超える水準になると期待されています。アメリカは、新しい技術を利用したサプライチェーンを模索しており、同時に中国に対する輸入依存度を引き下げたいという方針と併せて、東南アジアはその代替先サプライヤーとしての候補に挙げられています。現在、アメリカにとってリチウムイオン電池の75%、バッテリー関連部品の50%のサプライヤーは中国となっていますが、ニッケル、スズ、及び銅の埋蔵量世界最大を誇るインドネシアは、バッテリー生産の中核を担うのにとても良いポジションにあります。

インドネシアにおけるニッケル生産については、以下のインドネシア総研ニュース(2021年5月)をご覧ください


電気自動車向けバッテリーの増産目標に向けて歩を進めるために、ジョコウィ大統領は、インドネシアが「リチウム電池の工業的エコシステム」を構築する必要があると表明しています。2020年、インドネシアは国内にリチウムイオン電池のサプライチェーンを構築する過程で増大するニッケル需要に対応するためニッケル鉱石の輸出を禁止しました。2022年6月には、中部ジャワに川下と川上の産業を含む、インドネシア初の電気自動車用バッテリー生産施設がオープンしました。同じころ、韓国のLGエナジー・ソリューションと現代自動車が電気自動車用バッテリー生産プラントの建設をインドネシアで開始し、2024年の大量生産スタートを目指しています。

他方で、インドネシアのニッケル鉱石禁輸措置に関しては、EUとインドネシアの間でWTOを舞台に紛争調停のプロセスが進行中です。2022年12月にはWTOパネル(小委員会)がEUの主張を支持し、「ニッケル鉱石の輸出禁止も、すべてのニッケル鉱石をインドネシア国内で精製するように求めることも、世界貿易のルールに沿っていない」という裁定を下しました。その際、インドネシア国内のニッケル鉱石の重大な不足状態を証明できていない、という判断も示しています。インドネシア政府はこの裁定を不服として上訴する方針ですが、この問題の決着には今しばらく時間がかかりそうです。

アセアン加盟国であるベトナムも、インドネシアと同様に膨大なニッケルの埋蔵量を誇っており、電気自動車用バッテリーの生産拠点として期待されています。ベトナム最大の財閥企業であるヴィニファスト社は2021年12月に、電気自動車用バッテリーの年間生産量10万ユニットの生産施設の建設を始めました。サプライチェーンのローカリゼーションを進めているベトナムがリチウムイオン電池の生産能力を高めれば、電気自動車の製造ハブとしての可能性が高まります。

ヴィニファスト社の高い評判を考えると外国投資家にポテンシャルな投資先として選択される可能性も高くなることが予想されます。インドネシアとベトナムが少ない海外投資を奪い合う関係ではなく、相乗効果で東南アジア全体への関連投資を誘発する関係になることが望まれます。東南アジアに特に注目している企業は、同地域内の企業だけではなく、中国のCATL、台湾に本拠を置くFoxconn等も電気自動車用最先端バッテリーのインドネシアにおける生産拠点の開設に関心を示しています(Fallin and Lee, 2022)。

海外投資の誘致と国内市場の整備

東南アジアが電気自動車生産のハブになるためのもう一つのツールは、海外投資を惹きつけるためのインセンティブです。多くの国では、電気自動車の生産と利用(インフラ整備を含む)を経済的目標、持続可能な開発目標の中に既に組み込んでいます。例えば、タイでは10のSカーブ産業を指定して、将来の国際競争力強化に乗り出していますが、「次世代自動車」がその中の一つに入っています。2022年2月に、タイ政府は輸入電気自動車にかかる物品税を8%から2%に引き下げ、完成した電気自動車の関税を20%カットして40%にすると発表しました。これらの諸政策は、個人所得税を35%から17%に引き下げることで、スキルの高い外国人労働者を指定した産業に惹きつけるインセンティブとセットで導入されています。

他方で、国内市場の整備・拡大に目を向けると、東南アジア特有の事情も考慮する必要があるでしょう。世界銀行によると、東南アジアで用いられている車両の80%は、2輪又は3輪の車両、つまりモーターバイク又はトゥクトゥクだと言われています。これが意味するのは、電気車両への移行が、四輪自動車中心に始まった米国、ヨーロッパ、中国などとは、東南アジアにおける移行は様相が少々異なる、ということを意味しています。ベトナムにおける2020年の電気二輪車の市場シェアは8%と四輪車よりも高くなっていて、比較的値段の安い電気二輪車の分野が先行する可能性が高いでしょう。逆に言えば、電気四輪車の普及を目標とする場合、内燃エンジン車との値段の差が電気自動車への移行を妨げる根本的な要因と考えられています。ですので、国内市場の整備を念頭に置くと、購入者への優遇措置・インセンティブが焦点になってきます。

シンガポールも国内市場に電気自動車の普及を進めるために類似のインセンティブを導入しています。2021年にシンガポールの運輸省は、電気自動車購入の初期費用の補助金として3,100万ドルを配布し、これを受けて電気自動車の登録台数は2020年に全体の0.2%であったものが、2021年には4.4%まで増加しました。シンガポール陸上交通局は、増大する電気自動車の需要を見据えて、2030年までに国内に6万か所の充電ステーションを設置する目標を立てています。

マレーシアとフィリピンも電気自動車への優遇策を打ち出しており、マレーシアでは電気自動車オーナーは道路税を免除され、フィリピンでは電気自動車産業開発法が施工され、電気自動車のメーカーは法人税が4~7年間にわたり免除されます。

以上に見た通り、アセアン各国政府は、メーカーへのインセンティブと購入者への補助金という、生産者と消費者の双方への支援策を導入する必要があると考えていますので、上に述べた各国に加えて、タイは昨年、減税と補助金を含む電気自動車支援策パッケージを導入し、今年に入ってからはインドネシアが電気自動車に対する付加価値税を11%から1%に減免すると発表しました。

利便性の高い場所への充電ステーションの増設、電気自動車のラインナップの充実などを通して消費者の電気自動車への嗜好は高まると考えられ、アセアン各国政府がガソリン車・ディーゼル車の新規販売禁止への手順を考えるにあたり、こうした電気自動車の魅力の向上が欠かせない前提条件となるでしょう。しかしながら、特にインドネシアのような群島国家にとって、充電ステーションの増設と口で言うのは簡単ですが、実際に多くの島々に電気自動車用のインフラをどのように整備するのか、という問題は、簡単に解決できる問題ではありません。

東南アジア各国における電気自動車普及率が上昇すれば、脱炭素化を目指す取り組みへの投資機会をうかがっている全世界の企業・事業体にとっての投資機会を提供することにつながり、そのことが実際に気候変動対策にもつながっていく可能性があります。こうした見通しに基づいて、また、インドネシア、ベトナム、フィリピンにおけるニッケルの豊富な埋蔵量を追い風として、東南アジア全体で電気自動車製造の世界的なハブになることを目標として掲げていることは既に述べた通りです。

しかし同時に、電気自動車産業の成長を地域全体の目標とする場合、インドネシアを含む東南アジア各国の国民感情として、気候変動の抑止が第一義的な目標となるわけではない、という現実を直視する必要があります。簡単に想定できるのは、東南アジア各国の国民にとって、気候変動という問題は「自分たちが、あるいは自分たちの祖先が引き起こした問題」という認識はなく、西洋世界が引き起こした問題であり、その問題を解決するための手段の一つが電気自動車産業であるとしても、電気自動車産業が成長する過程において不況を甘んじて受け入れなければならない、と言われると多くの国民が納得しないと思われます。そもそも、電気自動車用バッテリーの生産プロセス全体をカーボン・ニュートラルとすることは困難であり、資源の採掘と自動車製造のプロセスは環境を悪化させる可能性があります。東南アジア各国は、外国企業の誘致に優先的に取り組んでいる状況であり、持続可能性自体が最優先の目標となっているとは言い難い状況です(Taylor, 2023)。

特にインドネシアのような群島国家にとって、充電ステーションの不足は解決の困難な課題であり、この重大問題を無視したとしても、他にも課題はたくさんあります。例えば、自動車販売店のスタッフ自身が電気自動車に関する基本的なアドバイスを消費者に与えることのできるレベルに到達していない、と言われています。生産から販売までを見渡して考えると数多くの課題が残っていると言える状況ですが、他方で、現在の消費者の嗜好・動向を総合的に考えると、電気自動車の普及が急速に進む可能性は決してく小さくないと多くの人が考えており、この期待こそが問題を解決していく原動力となるのではないでしょうか?

インドネシアにおける電気自動車セクターに関心がある企業様、現地の電気自動車事情について詳しく知りたい企業様、関連する現地企業とのコンタクトを求めている企業様は、弊社、インドネシア総研がお手伝いさせていただきますので、お気軽にお問合せください。

株式会社インドネシア総合研究所
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