【コラム】インドネシアにおけるニッケル~(前編)鉱物としてのニッケル~

原材料としてのニッケル鉱の輸出を禁ずるインドネシア政府の方針発表は、2020年初頭において最も注目を集めたニュースの一つとなりました。

世界でも有数のニッケル生産国としてのインドネシア政府によるこの判断は、自国からの輸出品を、単なる原材料ではなくできる限り付加価値の高いものとすることを目指すものだと理解できますが、この判断には様々な観点からの賛否両論が提起されています。今回のコラムでは、前編と後編に分け、他の金属と混合することで腐食を防ぐ働きのあるニッケルについて、そしてインドネシアのニッケル生産について解説したいと思います。

 

ニッケル鉱とは何か?

ニッケルは、地球上に最も豊富に存在する鉱物資源の一つですが(元素としては5番目に豊富)、その大部分は、地表面から3,000㎞ほどの距離にある地中奥深く、地球の中心部である核に近いところに存在していますので、人間には利用不可能です。ニッケルは銀白色の金属でステンレスを生産するのに幅広く利用されています。さらに、他の金属や材料と混合することで、極端な高温や腐食の激しい環境でも利用できる製品を製造するのに利用されています。原子番号28番で、記号は「Ni」、周期表ではコバルトと銅の間に位置しています。

腐食耐性があり、常温の環境では極めてゆっくりと酸化する、という際立った特徴を有する金属ですので、ニッケルは伝統的に、鉄や真鍮のメッキ、化学機器のコーティング、特にドイツ・シルバーと呼ばれる銀製品用の銀との合金などに利用されてきました。全世界のニッケル生産の9%は腐食耐性のためのニッケルメッキに使用されています。また、ニッケルは世界中で硬貨(コイン)に幅広く使用されてきましたが、ニッケル価格の近年における上昇を受けて、より安価な金属への代替が進んでいることも事実です。

ニッケルは、常温で強磁性を示す四つの元素の一つ(ニッケル以外は、鉄、コバルト、ガドリニウム)です。ニッケルを部分的に含む永久磁石の一つ、アルニコマグネットは、鉄ベースの永久磁石とレアアース製の永久磁石の中間に相当する強度を持っています。

ニッケルという金属の現代における価値は基本的には他の金属との合金に利用できる点にある、と言うことができます。ニッケルの用途として最も多いのはステンレス鋼への添加材としての使用で(70%)、それ以外の用途としてはニッケル生産量の8%はニッケルベース又は銅ベースの合金に使用され、8%は鉄の合金、8%はメッキ、5%は急成長しつつある電気自動車に使用されるものを含むバッテリー、1%はその他の用途に使用されています。

ニッケル合金は、水素生成のための触媒、バッテリーの光電陰極、顔料、及び金属の表面加工剤などに利用されています。

出典:Nickel Institute より弊社作成(閲覧日:2021年4月26日) https://nickelinstitute.org/about-nickel/#04-first-use-nickel

 

ステンレス鋼を含む多くのニッケル合金は健康被害を含むものではありませんが、ニッケルという金属自体には発がん性が指摘されています。ただし、日常生活におけるニッケルとの接触が人間に健康上の問題を引き起こすことはなく、通常の生活の中で体内に取り込まれたニッケルは腎臓又は腸の働きによって体内に吸収されることなく、体外に排出されます。

しかし、ニッケルの大量摂取又は慢性的な摂取は有害な、特に発がんの可能性があり、一部の職業では、就労上配慮すべき項目となっています。 換言すると、ニッケルは土中、空気、作物、水に蓄積され、一挙に体内に摂取すると有害化する可能性があります。

また、ニッケルに対するアレルギーを持つ人は、ニッケル合金との接触により症状を発する可能性があります。したがって、ニッケル合金を直接扱う職場で働く人には、特別な配慮が必要になる場合があります。

出典:Butticè, Claudio (2015). "Nickel Compounds". In Colditz, Graham A. (ed.). The SAGE Encyclopedia of Cancer and Society (Second ed.). Thousand Oaks: SAGE Publications, Inc. pp. 828–831.

ニッケルの歴史

純粋なニッケルだけによって作られる製品はほとんどありません。それとは対照的に、多種類の産業資材にニッケルは材料の一部として利用されているのが現状です。腐食耐性と極端な高温に耐える性質から、ニッケルは他の金属と混合することで、金属の強化、耐用年数の長期化を目的に利用されています。最も典型的には、ニッケルはよりソフトな金属の保護剤としてその外側の層に利用されます。

ニッケル鉱石は、銀鉱石と区別するのが難しく、ニッケルの(意識的な)有効利用の歴史は比較的浅いのが現実です。しかし、ニッケルの意図せざる利用の歴史は古く、紀元前3,500年に遡ります。現在のシリアで産出される銅は2%程度のニッケルを含有しており、また、紀元前1,700~1,400年の中国では「白銅」(ニッケルを含む銅)が使われていたことが碑文によって示唆されています。この「白銅」は17世紀の時点ではイギリスに輸出されていましたが、1822年に初めてこの合金にニッケルが含まれていることが発見されました。

出典:McNeil, Ian (1990). "The Emergence of Nickel". An Encyclopaedia of the History of Technology. Taylor &Francis. pp. 96–100. ISBN 978-0-415-01306-2.

 

1824年以降、顔料としてのコバルトブルーの生産過程の副産物としてニッケルが得られるようになりました。歴史上最初のニッケルの製錬は、ニッケルを豊富に含む磁硫鉄鉱を用いたもので、1848年にノルウェーで誕生したと言われています。1889年に鉄の生産にニッケルが利用され始め、ニッケルの需要が高まりましたが、1875~1915年までは、1865年にニューカレドニア島で発見されたニッケル鉱床が、全世界の需要に対応していました。

その後、カナダのサドバリー盆地で1883年、ロシアのノリスク-タルナックで1920年、南アフリカのメレンスキー鉱脈で1924年に大規模なニッケル鉱床が発見され、ニッケルの本格的な大量生産が可能になりました。

19世紀の半ば以降、例えば純粋なニッケルによって鋳造されたオランダのコインなどに見られる通り、ニッケルはコインの材料として名を馳せるようになりました。

オランダ製コインを別とすると、99.9%の純度の5セント硬貨がその当時の世界最大のニッケル生産国であったカナダで鋳造されています。ただし、第二次世界大変中の1942~1945年は武器製造のため、ニッケルは硬貨には使用されませんでした。

カナダは、2000年に至るまで99.9%純度のニッケル硬貨の製造を継続していました。スイスやイギリスなどヨーロッパのいくつかの国でも硬貨にニッケルを使用していました。アメリカ合衆国では、「ニッケル」という単語自体がフライング・イーグル1セント白銅貨を指す呼称として使用されてきましたが、この硬貨そのものは、1857~1858年にかけて12%のニッケルを含有する銅貨によって代替され、使用されなくなりました。

しかし、現在でもニッケルという呼称は継続して合衆国で使われています。

 

ニッケルの一般的利用状況

21世紀の現在、ニッケルの価格が高騰し、世界中で硬貨に使用されるニッケルが他の金属に代替される状況となっています。

しかし、ニッケル合金を含む硬貨は使用され続けており、1ユーロ及び2ユーロ硬貨、合衆国の5セント、10セント、25セント及び50セント硬貨、イギリスの1ポンド及び2ポンド硬貨などに使われています。2012年以降、イギリスの5ペンス、10ペンス硬貨は、ニッケル合金からニッケルメッキの鉄に代替されましたが、この変更はニッケル・アレルギーを持つ人への影響に関して論争を巻き起こしました。

Lacey, Anna (June 22, 2013). "A bad penny? New coins and nickel allergy". BBC Health Check. Archived from the original on August 7, 2013. Retrieved July 25, 2013.

 

硬貨への使用に加えて、ニッケル及びニッケル合金は以下のような多様な使われ方をしています:

– 化学プラント、石油精製施設、ジェットエンジン、発電関連施設、及び海洋関連施設等、過酷な環境で使用される機材にニッケル合金は利用されています;

– 医療器具、調理器具、調理用の刃物類等も、洗浄・殺菌しやすさからニッケル合金が使われています;

– コンピューター用の充電可能バッテリー、発電関連器具、電気自動車・ハイブリッド

 

自動車の部品等にもニッケル合金は使用されています;

– ニッケルは、浴室の備品などに関しても、腐食を防ぎ、仕上げを魅力的にするために使用されています;

– 銅とニッケルの合金は、海水を淡水に変換する脱塩プラントで広く利用されています;

– 船のプロペラ及び発電タービンの刃にもニッケルは利用されています。

 

現在の状況を考慮すると、ニッケルはステンレス鋼の最も重要な材料であることは変わりないとしても、バッテリーに使われるニッケルの量が劇的に増加すると予想されています。

ドローン、小型ロボット、スマートフォン、ラップトップコンピューター、医療機器、電気自動車・ハイブリッド自動車などにリチウムイオン電池が使用されますが、この電池にとってニッケルは重要な材料となっています。

リチウムイオン電池にはいくつかの種類があります。この種類を区別するポイントは、カソード挙動にあります。いくつかの種類の中で、今日最も広く使用されているのは、リチウムニッケルコバルトアルミニウム(NCA)とリチウムニッケルマンガンコバルト酸化物(NMC)です。

両者ともに、各種の電気機器及び電気自動車に幅広く使用されています。

これら以外にも、リチウムニッケル酸化物(LNO)もありますが、いずれにしても、リチウムイオン電池の製造は今やニッケルに依存している、ということです。

従って、ニッケルの需要は今後のリチウムイオン電池の需要の伸びに比例して、大幅に伸びていくだろうと予想されています。昨年販売された電気自動車のバッテリーに使われたニッケルの量は34,000トンに達したと推定されています。ニッケル以外でバッテリーに必要とされる材料は、15,000トンのコバルト、11,000トンのリチウム、及び11,000トンのマンガンです。

2030年までに、リチウムイオン電池の組成はNCAが10%、NMC622が40%、NMC811が50%となると考えられ、それに必要とされる純度の高いニッケルは85万トンに達すると想定されています。

他方で、コバルトの需要は17万トン、リチウムは15万5,000トン、マンガンも15万5,000トンと見積もられています。新しく開発された技術が、コバルトよりもニッケルに依存する部分が大きく、電気自動車用のバッテリー製造にとってニッケルはますます重要になっています。電気自動車用バッテリーの主要メーカー、例えばAmperex Technology社は、ニッケル含有率の割合の高いバッテリーの大量生産を発表しています。

この企業は、80%ニッケル、10%コバルト、10%マンガンという組成の電池、つまりNCM811バッテリーという寿命の長い製品の製造をする予定になっています。ニッケルの割合が高まることで、充電一回当たりの走行距離が長くなっています。したがって、今後の電気自動車開発、あるいはバッテリー開発一般の動向としては、ニッケルの需要をますます増大させると考えられます。単純化して言えば、ニッケル製品の最終使途の分類に従うと、ニッケル生産の31%はエンジニアリング向け、22%は金属製品、16%は建物・建設、15%は輸送・交通、10%は電気製品、4%はその他になります。

 

ニッケル鉱床の地理的分布

地中におけるニッケルの生成は、硫鉄ニッケル鉱の中の鉄、針ニッケル鉱の中の硫黄、紅ヒニッケル鉱の中のヒ素、ニッケル方鉛鉱の中の硫黄の融合によって引き起こされることが最も多いと考えられます。

ニッケルは、カマサイト及びテーナイトのような鉄隕石に含有された状態で発見されることが多いです。隕石中にニッケルが存在することは、フランスの化学者ジョセフ-ルイ・プルーストによって1799年に発見され、後に彼はアルゼンチンで採取された隕石の分析をスペインで行い、その結果、隕石の10%がニッケルであることが発見されました。

出典:Calvo, Miguel (2019). Construyendo la Tabla Periódica. Zaragoza, Spain: Prames. p. 118. ISBN 978-84-8321-908-9.

 

地球物理学上の証拠に基づくと、地球に存在するほとんどのニッケルは内核と外核に存在すると考えられています。カマサイトやテーナイトといった鉄隕石は、自然界に存在する鉄とニッケルの合金です。コバルトや炭素といった不純物を含むものの、カマサイトの場合はニッケルの含有率が5~10%、テーナイトの場合は、20~65%となっています。

ニッケルの大規模な採掘は、二種類の鉱床で行われます。一つはマグマ性亜硫酸鉛(硫化鉱床)で、その主成分は硫鉄ニッケル鉱です。二つ目はラテライトで、その主成分はニッケル含有リモナイト及び珪ニッケル鉱(水和ニッケル、ニッケルを豊富に含むケイ酸塩)です。

これらの種類の鉱床については、全世界の埋蔵量の43.6%がインドネシアとオーストラリアに存在しています。

全世界の土中埋蔵資源の1%がニッケルであるという想定に基づくと、少なくともニッケルの埋蔵量は1億3,000万トンに達し、この値は既知の資源量の二倍に相当する。この想定に基づくと、埋蔵量の60%はラテライト、40%は硫化鉱床に存すると考えられています。

 

a. マグマ性硫化鉱床

このタイプのニッケル鉱は、温帯、亜寒帯地域に位置しており、例としてはロシアのノリリスク、カナダ・オンタリオ州のサドバリー、及びオーストラリアのカンバルダなどがあります。

アメリカの地質調査によると、マグマ性硫化鉱床は全世界のニッケルの約40%を供給し、現時点では最も重要なニッケルの供給源となっています。ニッケル鉱床は、少量のシリカ及び大量のマグネシウムが硫黄に吸収される際に生成することが可能で、通常は地球の地殻中の岩石同士の反応として発生します。生成プロセスとしては、硫黄を豊富に含む液体がマグマから分離し、ニッケル・イオン等の他の要素が流入、硫黄を含む液体はマグマよりも比重が重いためマグマだまり下層に沈殿し、硫化鉱物として結晶することになります。

カナダのサドバリー鉱山は同国における主要なニッケル産地ですが、硫化ニッケルの埋蔵量は世界第2位です。この地域が非常にユニークだと見なされている理由は、約18億5,000万年前に地球外の物体(恐らく、小惑星又は彗星)が地球に衝突した際に形成されたと考えられているからです。

衝突によって形成されたクレーターにおいては、地殻の一部が融解してマグマの大きな層が形成されましたが、ニッケルを含有する硫化物の流体がマグマ層の下部に沈殿し、ニッケル、銅を含む硫化鉱床が形成されました。

 

b. ラテライト鉱床

このタイプのニッケル鉱山は、キューバ、ニューカレドニア、フィリピン、そしてインドネシアで発見されています。アメリカの地質調査によると、ラテライト鉱床は全世界のニッケルの埋蔵量の60%を含有しています。こうした鉱床は、少量のシリカと大量のマグネシウムを含む火成岩が化学的風化により分解されることにより形成されます。

風化作用により、元来の要素が岩石から分離してニッケルのような要素が集約される鉱床を作り出します。

 

ニッケルの掘削について

ニッケルは多くの場合、抽出冶金によって製錬されます。鉱石から通常の焙焼と還元のプロセスによって75%以上の純度のニッケルが製錬され、不純物の内容にもよりますが、ステンレス鋼への適用において、75%純度のニッケルはさらなる精錬を行わずに利用されることが可能です。

伝統的には、ほとんどの硫化鉱石は高温冶金法を使用しマット(溶融硫化物)をさらに精錬して生産しますが、湿式製錬法の近年の進歩により、非常に純度の高いニッケル製品を生産できるようになりました。

伝統製法では、フロス浮選を通して集約した鉱石を高温冶金法で製錬していましたが、湿式製錬法においては、ニッケル鉱石は浮選によって集約(ニッケル/鉄の混合割合が低い場合は異なる浮選法を使う)してから製錬されます。ニッケル・マットはシェリット・ゴードン法によりプロセスされ、まずは硫化水素が付加されて銅が排除され、コバルトとニッケルが集約されます。続いて、溶媒抽出法でコバルトとニッケルが分離され、最終的には99%以上の純度のニッケルが生産されます。

硫化鉱床に関して、二種類の製造方法があり、一つは高温冶金法(溶融による製錬)とカーボン・プロセス(アンモニア浸出法)、もう一つはHPAL(高圧酸性浸出)です。

ラテライト鉱床に関しても二種類の製造方法があり、それは湿式製錬法と高温冶金法です。ニッケル含有率の低いラテライトに関しては、湿式製錬法が利用されます。グレードの低いラテライトはリモナイト及び腐食岩石を少量含みます。

 

前編では、鉱物としてのニッケルについてご紹介しました。

後編では、インドネシアのニッケル生産についてご紹介いたします。

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