【コラム】インドネシアの住宅政策最新情報

インドネシア政府にとって、「住宅不足の解消」は長年にわたる重要課題として位置づけられてきており、不足している住宅の数は、インドネシア全土で1,500万戸に上ると推計されていました(2014年)。

*出典:Utomo, N. T. (2014). Affordable Housing Finance Policies in Indonesia. The World Bank.

世界銀行の推計ではインドネシアにおける現時点の都市人口率は50%を微かに上回る程度ですが、2045年には70%を超えると推定されており、急速な都市化に伴う都市部の住宅不足がさらに深刻化が予想される住宅問題への対応は、政府にとっての最重要課題の一つです。

こうした背景の下に、住宅所有率を劇的に引き上げることを目指して、政府は2016年に「国民の住宅貯蓄に関する政令2016年第4号」を定めました。

この2016年政令の施行規則(政令2020年第25号)について、4年の時を経て、2020年5月に大統領に署名されるに至りました。

今回のコラムでは、インドネシアにおける住宅政策について、ご紹介します。

 

国民住宅貯蓄「TAPERA」とは

「国民住宅貯蓄(インドネシア語表記:Tabungan Permahan Rakyat, or TAPERA)」は、国民健康保険と同様に、すべての就労者に国民住宅貯蓄基金への貢献を要求する仕組み(強制加入)です。

基金の一部は「住宅百万戸プログラム」のための住宅建設に利用され、一部は将来の出資者への配当として他の資産に投資されることになっています。

投資先として現時点で言及されているのは、インドネシアの国債、地方債、あるいは国内・海外の不動産投資信託です。

法律上は、その他の資産への投資も可能になっていますが、詳細は説明されていません。

TAPERAの会員で低所得者世帯の場合は、住宅購入のために積立資金の一部を取り崩すことができます。

また、一部取り崩しを行い場合、58歳になると積立資金を全額引き出すことができます。

TAPERAのスキーム内での「低所得者」の定義は、月収400~800万ルピアで、会員登録をしてから12ヶ月を経過すると、TAPERAの住宅ローンへの申請が可能になるとされています。

 

TAPERAの導入に対する国民の反応と政府の目標

しかしながら、新型コロナウィルス感染症の影響で、失業してしまった人、収入が激減した人も多い中でのTAPERAの導入には、「泣きっ面に蜂」的な状況だという批判や、より根本的な制度自体への批判も浮上しています。

政府側からの見解として、公共事業・国民住宅省の金融インフラ総局のエコ・ジョエル・エリペルワント局長が力説しているように、TAPERAは住宅基金を組成して「初めての住宅購入者」を支援し、インドネシアの住宅所有率を大幅に引き上げるだろうと述べました。

国家中期開発計画(2020~24年)においてインドネシア政府の設定した目標は、現在の住宅所有率56.7%を70%にまで引き上げることです。

エコ局長によると、2015年~19年の5年間で95万戸分の住宅に住宅ローンが利用されていることから、TAPERAを通して住宅所有率を大幅に引き上げたい、というのが政府の狙いです。

 

TAPERAへの期待と問題提起

政府の認識によると、現状の住宅ローン制度の問題点は、住宅ローンの資金源が各年の限りある年次予算に依存していることです。

TAPERAは上記の点を改善できると期待されているようです。

ジョコウィ大統領は本年5月20日に政令2020年第25号に署名しましたが、この政令は、住宅貯蓄基金の運営母体である、BP TAPERA(国民住宅貯蓄機構)の規則を含むもので、すべての就労者が住宅貯蓄基金の会員とならなければならないこと等を定めています。

BP TAPERAは、機関としては2019年に公共事業・国民住宅省によって設立されていましたが、事業スキーム自体は本年6月4日に正式に発足しました。

本政令は、各就労者が月額給与の3パーセントを毎月積み立てなければならないと定めていますが、その3パーセントは被雇用者が2.5%、雇用者側が0.5%を負担することになっています。

被雇用者と雇用者の双方からは、この新たに署名された政令に関して、冗長で負担が大きいと反対してい
ます。

インドネシア経営者協会(APINDO)議長のハリヤディ・スカムダニ氏は「政府はまず既存の社会保障プログラムの有効活用を目指すべきで、BPJS労働保険は住宅所有を支援する法的根拠を既に有している」と発言しています。

「住宅購入支援に使える基金は既に存在しているのに、より多くの貢献が要求される他のプログラムを導入する必要性はあるのだろうか」とハリヤディ氏は疑問を呈しています。

国民社会保障システムに関する政令2015年第46号は、BPJS労働保険の会員は彼らのJHT(BPJSの年金積立に相当する部分)の残高の30%を住宅購入目的に、あるいは10%をその他の必需品の購入を目的に引き出すことができる、と定めています。

また、インドネシア全労働者団体(OPSI)のティムボエル・シレガール事務局長は「TAPERAの恩恵は低所得者世帯(MBR)だけが享受できるのに、それ以外の会員は58歳まで自らの積立金の引き出しを禁じられている」と不平を述べています。

ティムボエル氏は「プログラムの内容を見るとわかるのは、すべての勤労者は積立金の支払いを義務付け
られているが、恩恵を受けられるのは低所得者世帯(MBR)に限られることである。我々のお金が保管され投資されるのに、TAPERA法は投資資金の回収を何ら保証していない」と述べています。

さらに、BPJSには健康保険と社会保険(年金)のスキームがあり、これにTAPERAを加えると給与の8%以上が社会保障スキームのために拠出されることになりますが、「これは非常に重い負担である」というのが同労働者団体の見解で、TAPERAの参加は強制加入ではなく、任意加入であるべきだとも述べています。

 

今後、この問題提起に関連して、現在のBPJS健康保険、BPJS労働保険(年金)、TAPERAという三つのスキームの並列状態について、シンガポールのCentral Provident Fund(CPF)のような、あらゆるニーズに適用できるスキームへの統合が望ましい、という議論もあり得ると弊社では考えております。

 

住宅不足における本当の課題

インドネシア大学の公共政策専門家アグス・パンバギオ氏は、当問題に関して、「住宅価格の高騰を招いている土地所有制度上の問題を解決することに、政府は第一に注力すべきである」と述べています。

「インドネシアの場合、ほとんどの住宅用地は少数のブローカーによって握られており、彼らは土地をただの商品として扱い値段を吊り上げている。我々はまず土地売買のシステムを刷新すべきである。(中略)さらに言えば、TAPERAを実行する前に、TAPERAの先行組織である『公務員のための住宅貯蓄諮問委員会(Bapertarum-PNS)』に問題が山積していた以上、この委員会の評価・総括をまず行うべきであろう」と。

BP TAPERAは、Bapertarum-PNSを代替し、その資産12.3兆ルピア(米ドル8億6,100万ドル)を引き継ぐ予定になっています。

Bapertarum-PNSは、公務員及び退職公務員を含めて670万人の会員を抱えていました。

政府は現時点では、BP TAPERAに2兆5,000億ルピアの政府資金を投入していますが、アグス氏は「Bapertarum-PNS時代には、頻繁に予算不足に陥り、利用したい会員は往々にして銀行から追加の住宅ローンを借り入れる必要があった。政府はこうしたBapertarum-PNSの失敗について調査・検討し、失敗を繰り返さないようにしないといけない」と述べています。

 

TAPERA導入の主旨と今後の見解

批判の盛り上がりを受けて、BP TAPERAのコミッショナー、アディ・スティアント氏は本年6月5日の記者会見で、「MBRに長期的な資金を供給するために高所得世帯の参加が不可欠であること、会員は投資資金という形式での恩恵を受けることが可能であること」を力説しました。

「我々には、相互扶助(尼語:gotong royong)の精神が必要であり、高所得の基金参加者から低所得就労者に長期的な資金を提供する、という助け合いが必要なのだ」というのがアディ氏の主旨であるようです。

また、アディ氏によるもう一つの強調点は、TAPERAにおいてはFLPP(住宅金融流動性ファシリティー)の住宅ローン金利、つまり5%で20年間という市中金利よりも遥かに低い金利を利用できることであり、BPJS労働保険ではこの金利を利用できないので、大きな違いがある、ということのようです。

公共事業・国民住宅省の金融インフラ総局のエコ局長は、FLPPプログラムは、TAPERA制度の仕組みが完全に整ってくれば、徐々にTAPERAに統合されることになるだろう、と述べました。

民間企業には今後7年以内にすべての従業員をTAPERAに登録する義務があり、BP TAPERAは、2021年までにFLPPとBapertaperum-PNSの制度をTAPERAに移管し、国営企業、公営企業、インドネシア国軍、警察の就労者を2022年までにプログラムに包含することを目指しています。

それ以降は、外国人労働者を含む民間企業のすべての就労者にも登録が義務付けられていくことになります。

アディ氏は、「2024年までにTAPERAは世界に誇る、信頼される制度になる」と述べています。

BP TAPERAはインドネシア国民銀行(Bank Rakyat Indonesia, or BRI)を基金の管理団体として指定しています。

参考Web-site:   The Jakarta Post   Asia Asset Management   JakartaGlobe

 

参考コラム:

インドネシアの不動産に関する弊社の過去のコラムはこちらよりご覧ください。

 

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