【コラム】インドネシアの国会で可決されたオムニバス法案(雇用創出法)とは何か?

2020年10月5日、オムニバス法と通称されている法律の一部である「雇用創出法」がインドネシアの国会で可決されました。

この法律は、ジョコウィ政権がインドネシアへの海外からの投資を呼び込んで経済を活性化させるために制定したものなのですが、インドネシア各地で労働者や学生による反対運動がデモの形で噴出しているのも事実です。

今回は、905ページにも及ぶ大部の法律である雇用創出法の中で、外資規制に関わる部分と労働者の処遇に関わる部分に絞って、その特徴をご紹介したいと思います。

第1条では、本法律における「雇用創出」が以下のように定義されています。

「雇用創出」とは、協同組合、零細企業、中小企業の能力を高め、必要な保護を行い、ビジネス環境を整えること、また、投資環境を整備し、ビジネス実施のための手続きを簡略化すること、及び国家戦略プロジェクトを加速させて中央政府の投資を促進すること、等を通して仕事を創出する努力のことである。

第3条では、本法律の目的が、以下のように規定されています。

インドネシアの労働者を可能な限り幅広く吸収する努力として、協同組合及び中小企業、及び全国規模の産業、通商に関しても、能力強化、保護、ビジネス環境の提供により、雇用機会を創出し増加させること、と同時に、統合された国民経済として地域間の開発とバランスにも留意すること。

第4条では、第三条で規定する目的を達成するために、「戦略的雇用創出」に関連する以下の政策分野について、本法律の規制が及ぶことを明記しています:

a. 投資環境及びビジネス環境の改善;
b. 雇用;
c. 協同組合及び中小企業への便宜供与、保護、及び能力強化;
d. ビジネスに関連する手続きの簡略化;
e. 研究開発活動の支援;
f. 用地取得;
g. 経済特区;
h. 中央政府による投資と国家戦略プロジェクトの加速化;
i. 行政手続きの実施過程;及び
j. 制裁の実施

 

以上により、本法律の趣旨が「雇用の創出」であることは明白なのですが、同時にインドネシア国内で本法律への反対運動が大規模に展開されていることはマスコミの報道するところでもあり、この点も無視できません。

インドネシアの国会では、本法律は7つの政党(PDIP、Golkar、Gerindra、NasDem、PKB、PPP、PAN)の賛成多数で可決されましたが、PDとPKSは反対しました。

また、労働組合を含む多くの市民団体が、同法律を断固拒否する声明を発表しています。

また、国会通過後も、条文の微妙な修正が続いているという報道もあります。

<雇用創出法に反対するデモ行進>

 

<デモが一部暴徒化している様子>

雇用環境に関連する事項

2003年第13号労働法と「雇用創出法」との比較:

2003年第13号労働法 雇用創出法
県又は市 最低賃金決定する
行政単位
無規定 賞与/特別報酬 就業期間による
週6日(1日7時間)又は週5日(1日8時間) 就業時間 週6日(1日7時間)又は週5日(1日8時間)
病欠の場合(病欠の期間に応じて)25~100%の賃金支払い、慶弔休暇(結婚、出産、近親者死亡):1~3日の有給休暇 非就業者への
賃金の支払い
無規定
退職金、就労期間に応じた手当、職位に応じた補償金 雇用契約解除時の
労働者の権利
退職金、就労期間に応じた手当

 

雇用環境に関連して、特に激しい反対を招いている条項には以下のようなものがあります。

 

雇用創出法 第81条 / 2003年第13号労働法第59条

「雇用創出法」においては、期限付き雇用の契約社員との契約に関連する規制条項が存在せず、2003年第13号労働法の第59条の以下の規定がすべて抹消されています。

(1) 特定期間のみの期限付き雇用契約は、以下に挙げるように、業務の性格上、特定の期限内に完了するような種類の業務にのみ許される。

a. 一定期間で完了する業務、又は、本質的に一時的な業務
b. 3年を超えない期間で完了すると想定される業務
c. 季節性労働
d. 新製品、新しい活動、依然として実験的又は試作品段階にある、追加的な製品に関連した業務

(2) その性格上永続的な業務に関しては、期限付き雇用契約を締結することはできない。

(3) 期限付き雇用契約は、延長あるいは更新することができる。

(4) 期限付きの雇用契約は2年を超えない期間について延長することができ、1年を超えない期間についてのみ延長することが一回だけ可能である。

(5) 期限付き雇用契約を締結した労働者との同契約を延長したい雇用者は、少なくとも契約期限の7日以上前に、延長したい意思を同労働者に伝えなければならない。

(6) 期限付き雇用契約の更新は、期限付き契約が終了して30日が経過して以降にのみ可能である;期限付き雇用契約の更新は、一度のみ、2年を超えない期間に関して締結することが可能である。

(7) 期限付き雇用契約で、上記の(1)、(2)、(4)、(5)、(6)の規定を満たさないものは、法律上、期限を有しない契約となる。

(8) 本条にて規定されない事柄については、省令によって規定される。

以上の規定がすべて削除されているということは、「期限付き雇用契約」に関する規定が存在しない、つまり、企業は自由に期限付き契約を締結できる、ということになります。

 

2003年第13号労働法第79条

同上第2項(b)は、1週のうち6日間のつき、1日の休業日を与えなければならないことが規定されていますが、以前の法令にて存在していた、6年連続で勤続している労働者についての2か月以上の長期休暇の権利が削除されています。

 

2003年第13号労働法第81条

法律で規定された賃金を下回る金額で雇用契約を締結した雇用者に対して、2003年第13号労働法は罰則規定を設けて、そうした契約は無効で、雇用者は労働者に規定通りの賃金を支払わなければならない、と規定していましたが、雇用創出法からは同規定が削除されています。

 

2003年第13号労働法第88条

「雇用創出法」では、2003年第13号労働法の第88条第3項に、企業の就業既定の賃金条項に含まれていなければならない事項として11項目が列挙されていましたが、新法ではそれが7項目に削減されています。

その7項目は下記の通りです。
1. 最低賃金
2. 賃金規程と賃金等級
3. 残業手当
4. 休業時の賃金、及び/又は特定の理由による就業できない場合の賃金
5. 賃金支払いの形態と方法
6. 賃金と共に計算される項目の種類
7. その他の権利・義務に関連した支払いの基礎としての賃金

「所得税の算出根拠としての賃金」、「退職金の算出根拠としての賃金」等は削除されています。

 

2003年第13号労働法第93条

同条第2項にて規定のあった、特定の理由に基づく休暇に関する給与の支払い義務に関する規定を削除しました。

 

上記より、以下のような論点が浮上しています。

「最低賃金」を設定する権限が、県・市から州に移行することで、最低賃金が下がるのではないか、という点です。

州は相当に大きな単位ですので、その中には農業地帯もあれば商工業地域も含まれるのが一般的でしょう。

したがって、農業地帯に合わせれば最低賃金が低くなり、商工業地域に合わせれば最低賃金が高くなることが想定され、一般論としては低い方に合わせることになるのではないかと懸念されています。

また、有給休暇の権利に関する条項などが削除され、全体として、雇用者に有利、労働者に不利な法規制にシフトしていると見なされ、多くの反発を招いていると考えられます。

 

外資規制に関連する事項

雇用創出法は、2007年第25号投資法の第12条の以下の規定を、後述のように改訂しています。

 

2007年第25号投資法 第12条

(1) 海外からの投資に対して閉鎖されている、あるいは条件付きで開放されている業種あるいはビジネスの種類を除き、すべての業種あるいはビジネスの種類は投資に対して開放されている。

(2) 海外投資家に対して閉鎖されている業種:
a. 兵器、弾薬、爆薬、及び戦争に用いる器具の製造
b. 法令によって閉鎖されていることが明記されている業種

 

雇用創出法 第77条

(1) 海外投資に対して閉鎖されていると宣言されている業種、又は中央政府によってのみ実行されうる活動を除き、すべての業種は投資に対して開放されている。

(2) 前項で言及された、海外投資に対して閉鎖されている業種は下記を含む

a. カテゴリー1の麻薬の栽培と製造
b. あらゆる種類の賭博、カジノ
c. ワシントン条約(CITES)の付属書Iにて、絶滅の恐れのある動植物種に指定されている魚種の捕獲
d. 建築資材/石灰/カルシウム、水族館、及び土産品/宝石に利用するために、天然のサンゴ礁(生きているもの、死んでいるもの双方)を取得し、利用すること
e. 化学兵器の製造;及びf. オゾン層を破壊する物質の製造及び科学的合成

(3) 本条第1項及び第2項にて言及された投資規制に関連する更なる規制については、大統領令にて規制されるものとする。

 

上記から明らかなように、ネガティブリストに関する記載が削除されていますが、詳細は大統領令にて定めることになっており、投資優先分野としてのプライオリティリストの導入が表明されているものの、現時点では詳細は不明と言わざるを得ない状況です。

全体としては、詳細は大統領令にて定める、という条項が多いため、実質的な変更点については今後の動向を注視して行く他ない状況となっています。

参照Web-site:
CNN Indonesia: https://www.cnnindonesia.com/
Channel Youtube DPR RI:https://www.youtube.com/channel/UCejL25NjyNxlMR0JqlFX4Dg?reload=9

インドネシアの最新情報については弊社までお問い合わせください。

 

株式会社インドネシア総合研究所
お問い合わせフォーム
Tel: 03-5302-1260

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