【アルビー日記】インドネシアの「リープフロッグ現象」と日本の製造業DXの新たな一手

皆さまこんにちは、インドネシア総合研究所代表のアルビーです。

最近、日本の製造業に携わる方々とお話しする中で、共通して耳にする悩みがあります。それは、設計現場における「3D化の遅れ」という課題です。一方で目をインドネシアに向けると、政府の強力なリーダーシップのもと、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進んでいる様子がうかがえます。この対照的な状況は、発展途上国が旧来の技術段階を飛び越えて一気に最先端技術へ移行する「リープフロッグ(蛙飛び)現象」の一つの例と捉えることができるかもしれません。本日の日記では、この日本とインドネシアの間で起きている設計思想の変化と、そこに生まれる新たなビジネスチャンスの可能性について考察してみたいと思います。

目次

日本の製造業が直面する「2Dの壁」

日本のものづくりは、長年にわたり精緻な二次元(2D)図面を基盤として発展してきました。その文化は深く根付いており、今なお多くの企業で2D-CADが中心的な役割を担っていると言われています。ある調査によれば、日本の機械系企業全体で2D-CADを使用している企業の割合は69.6%に上るとされています。特に、日本のサプライチェーンを支える中小企業においては、その傾向がより顕著に見られるようです。

この背景には、単に新しい技術への移行が遅れているというだけではない、複合的な要因があると考えられます。

・膨大なレガシー資産:過去に作成された膨大な量の2D図面資産は、改修や部品調達のために現在も活用されており、これらを生かすために2D環境を維持する必要があります。

・サプライチェーンの慣習:大手企業が3Dで設計しても、協力会社への設計指示の際には約85%もの企業が二次元図面を使用しているというデータがあります。発注側と受注側の双方で2D図面が「共通言語」として機能しています。

・移行における課題:3D化には、高額な導入・運用コスト、3Dツールを使いこなす人材の育成、そして既存の業務プロセスとの整合性の確保といった、いくつかの高いハードルが待ち構えています。

日本の製造業は、その長い歴史と成功体験があるからこそ、2D図面という重要な「レガシー」との付き合い方に工夫が求められ、3Dへの移行に時間を要しているという構造的な側面があるのかもしれません。

国策で3D化を推進するインドネシア:「Making Indonesia 4.0」のインパクト

一方、インドネシアの状況は大きく異なります。インドネシア政府は、2018年に国家戦略「Making Indonesia 4.0」を発表し、国を挙げて製造業のDXを推進しています。その目標として、2030年までにインドネシアを世界トップ10の経済大国へと押し上げることを掲げています。この計画には、単なるスローガンに留まらない具体的な取り組みが含まれています。

・重点分野への集中投資:自動車、電子、化学など5つのセクターを優先分野として定め、資源を集中投下しています。

・3D技術の重視:インダストリー4.0の核となる技術として、IoTやAIと並んで「3Dプリンティング」が明確に位置付けられています。3Dプリンターの活用には3Dデータが不可欠なため、これは国が3D設計への移行を後押ししていることの表れと考えられます。

・強力なインセンティブ:特に注目されるのが、通称「スーパー減税」です。これは、企業のR&D活動に対して発生費用の最大300%、人材育成活動には最大200%もの課税所得控除を認めるという、非常に強力な財政支援策です。

日本のような2D図面の長い歴史を持たないインドネシアは、この強力なトップダウン戦略によって、いわば更地の状態から最先端の3D設計環境を構築しようとしています。これはまさに、固定電話のインフラ整備を飛び越えて、いきなりスマートフォンが広く普及する現象にも似た、リープフロッグの一例と見ることができるでしょう。

設計分野で起こりうる「リープフロッグ」という変化

日本が2D資産の活用方法を模索している間に、インドネシアではどのような変化が起きているのでしょうか。政府の強力な後押しのもと、特に自動車や電子といった優先セクターでは、3D CAD/CAMの活用が広がり、設計から製造までをデジタルで繋ぐ製品ライフサイクル管理(PLM)の導入へとシフトが進んでいます。労働市場においても、製品設計のような職種ではSolidWorksやSiemens NXといった3Dソフトウェアのスキルを持つ人材の需要が高まっています。

かたや日本では、3D化を進める大企業と2Dが主体の協力会社との間の「デジタルデバイド」が、サプライチェーン全体の効率化を阻むボトルネックになっているようです。様々な現場で、2Dと3Dの両方を使いこなすことが求められていますが、これは移行期における過渡的な負担増にも繋がる可能性があります。

製造業の設計分野においては、日本とインドネシアの間で「逆転劇」とも言える状況が生まれつつあるのかもしれません。2D文化という大きな資産を抱えながら前に進もうとする日本と、国策という追い風を受けて3Dという滑走路を駆けていくインドネシア。この差は今後ますます拡大していく可能性があります。

新たな協業モデルの可能性:日本の2D図面資産とインドネシアの3D技術の融合

しかし、この状況の変化は、日本にとって単なる脅威と見なされるべきものではありません。むしろ、両国の状況を的確に捉えれば、これまでにない画期的な協業モデルを築く好機ともなり得ます。例えば「3D設計のインドネシア・アウトソーシング」という新たなビジネスモデルの可能性がそれです。

具体的には、日本の企業が保管している膨大な2D図面資産を、インドネシアの3D技術者に送り、高品質な3Dモデルデータを作成してもらう、というものです。

・日本側のメリット:国内で課題となりがちな3Dオペレーターの人材不足という課題に対し、コストを抑えながら、DXのボトルネックとなり得る過去資産の3D化を加速させることが期待できます。

・インドネシア側のメリット:政府の育成策によって増えつつある3Dスキルを持つ人材が、日本の先進的なものづくりの実務に触れることで、より高度な技術と経験を習得する機会となり得ます。これは新たな雇用の創出にも繋がっていくことでしょう。

これは、コスト削減だけを目的とした従来のオフショアとは一線を画すものです。日本の持つ「質の高い設計思想やノウハウが詰まった2D図面」という資産と、インドネシアの持つ「国策によって育まれた柔軟で豊富な3D技術力」という強みを掛け合わせる、Win-Winの戦略的パートナーシップと言えるでしょう。

リープフロッグ現象は、既存の序列を変化させる力を持つと同時に、国境を越えた新たな価値創造の触媒ともなります。この大きな変化の波を的確に捉え、両国が互いの長所を活かし合うことで、アジア全体の製造業の競争力を次のステージへと引き上げていくことができるのではないかと考えています。

弊社インドネシア総合研究所では、今回ご紹介したような3D設計のインドネシア・アウトソーシングに関する具体的なパートナーマッチングや、フィジビリティスタディ(事業化調査)のサポートも行っております。皆様、是非お気軽にお問い合わせください。

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