インドネシアにエタノール工場案、政府が後押し―トヨタ、E10本格化へ布石─

インドネシアの伝統菓子の中で、ひときわ目を引くのが「クエ・ラピス(Kue Lapis)」です。    

(画像1 インドネシアの伝統菓子クエ・ラピス)

「ラピス」とはインドネシア語で「層」を意味し、その名の通り、色とりどりの層が重なり合う蒸し菓子です。虹のように美しい見た目と、もちもちとした食感が特徴で、祝い事や祭礼、あるいは家族の集まりなど、特別な場面で供されることが多いデザートです。

クエ・ラピスの原料は実にシンプル。主にキャッサバから作られるタピオカ粉、トウモロコシ由来のコーンスターチ、そしてサトウキビの砂糖。この3つの素材は、インドネシアの豊かな自然の象徴でもあります。熱帯の気候で豊かに育つキャッサバとサトウキビ、そして外来作物として定着したトウモロコシ。これらを融合させたクエ・ラピスは、インドネシアという多民族国家の「調和」を体現する存在です。

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菓子の素材がクルマの燃料に?

ですが、サトウキビ、キャッサバ、トウモロコシは、共通する特徴を備えています。それは、いずれもがバイオエタノールの重要原料になるということです。サトウキビは蔗汁中のショ糖を発酵・蒸留して、キャッサバとトウモロコシはデンプン質作物で、まず酵素で糖化してから発酵・蒸留することで、エタノールを得ることができます。

そして、このエタノールは、ガソリンに混ぜて自動車を実際に走らせる燃料になることで、現在国際的な注目を浴びているのです。植物由来のバイオエタノールはCO2増減がゼロと見なされ、環境負荷の小さい燃料であるためです。

日本国内での普及は、とんと進んでいないのですが、レギュラー燃料にエタノールを10%程度混合した「E10」が多くの国で広く流通し、「E20(エタノール20%)」や「E85(エタノール85%)」など、高混合比に対応するフレックス燃料車も普及しています。当然ながら純ガソリンより地球環境には優しいエネルギーです。

ブラジルではサトウキビ由来、タイではキャッサバ由来、米国ではトウモロコシ由来のエタノールがそれぞれ自動車燃料として日常的に使われており、「お菓子の素材」と「クルマを動かすエネルギー」が同じ農産資源から生まれる―そんな少し不思議な現実がここにあります。

エネルギー自立に向けて

そしていま、まさにクエ・ラピスの原料でもあるこれらの作物に着目しつつ、インドネシア政府は大きく舵を切りました。エネルギー自立と燃料輸入削減を国家政策の中心に据え、輸入代替の本格推進に踏み出したのです。

その突破口が、2027年からのガソリンE10の義務化です。これは単なる環境施策ではありません。外貨流出抑制、農業振興、地方開発、産業育成をまとめて動かす、いわば「国家プロジェクト」です。

この方針が正式に発表されたのは2025年10月24日。エネルギー・鉱物資源省のバリル・ラハダリア大臣は、E10導入により年間400万キロリットルのバイオエタノール需要が発生すると説明し、その供給は輸入ではなく「国内生産で賄う」と強調。政府は工場建設企業に税制優遇を提供する方針も示し、民間を巻き込んだ供給基盤整備に乗り出しました。

(画像2 エネルギー・鉱物資源相バリル・ラハダリア氏)

この政策の背景には、すでに成功を収めたバイオディーゼルの経験があります。B30(軽油にバイオディーゼル30%混合)やB40(同じく40%混合)の普及により、2020〜2025年の5年間でディーゼル輸入削減額は約407億ドルに到達しました。E10は、この成功モデルをガソリン領域に拡張する取り組みであり、国家としての自信に満ちた戦略的展開です。

政策設計で参考にされているのが、世界有数のエタノール大国ブラジルです。ブラジルではすでに全国でE30が義務化され、一部の州ではE85〜E100(エタノール100%)が一般的です。インドネシア・ブラジル両国は協力覚書を交わし、相互に専門家を派遣して制度や品質管理、流通体制のノウハウを共有し始めています。インドネシアのエタノール政策は、すでに国際連携を基盤にしたレベルへと進化していると言えるでしょう。

トヨタの参入

こうした政策変動に敏感に反応した企業のひとつがトヨタでした。2025年10月末から11月初旬にかけて、BKPM(投資調整庁)関係者が「エタノール生産施設に関心を示す外国企業の中にトヨタが含まれる」と発言。10月28日の「100 Indonesian Economists Forum」では、トドトゥア・パサリブ副大臣が「トヨタは水素やE100車をすでに展開しており、エタノール工場計画を検討している」と明言しました。

(画像3 トヨタが披露した次世代燃料SUV「フォーチュナー」)

実際、トヨタはエタノール対応技術で先行しています。2023年のガイキンド・インドネシア国際オートショー(GIIAS)では、E100(100%エタノール)で走行可能なフォーチュナー・フレックスフューエルのプロトタイプを公開し、大きな注目を集めました。インドネシア政府が掲げるE10義務化と、トヨタのマルチパスウェイ戦略(ハイブリッド、EV、PHEV、エタノール、そして水素)が見事に一致した格好です。

そして2025年11月、ついに大きな動きが表面化しました。パサリブ副大臣が「トヨタがランプン州で年間6万キロリットル規模のエタノール工場を建設する」と正式に発表したのです。投資額は約2兆5000億ルピア。国営プルタミナの再エネ部門「NRE」と合弁を設立し、2026年初頭の本格稼働を目指します。設立に向けたパイロットプロジェクトもすでに準備段階に入りました。

(画像4 トヨタの参入を発表するパサリブ副大臣)

トヨタが選んだランプン州という舞台

ランプンが選ばれた理由は明白です。キャッサバやトウモロコシ、サトウキビの生産が豊富で原料調達が容易であり、ジャワ島への輸送効率も良い。さらにプルタミナの燃料供給網に接続しやすい地理的優位があります。トヨタの投資は、国家エネルギー政策の空白部分を民間が補完する構図となっているのです。

(画像5 ランプン州地図)

ですが、トヨタはエネルギー戦略をエタノールだけに絞ってはいません。2025年11月28日には、バンドンの商業施設内にEV向け充電・駐車施設「トヨタ・プライビレッジ」を開設し、都市型EVエコシステムの拡大にも取り組んでいます。エタノールとEVの双方を同時に推進するマルチパスウェイ方式が、同社のインドネシア戦略の核となっているのです。

トヨタ参入がもたらすインドネシアへのインパクト

では、トヨタ参入はインドネシアにとって何を意味するのでしょうか。

第一に、E10政策の実効性を支える供給基盤の重要なピースになり得ることです。ガソリン需要4,000万キロリットルという巨大市場の中で、エタノール需要は400万キロリットルに膨らみます。これを国内生産で賄うためには、民間投資の動員は不可欠です。

第二に、農村経済への波及効果が挙げられます。エタノール原料となる農作物の需要拡大は、雇用創出と地方開発につながります。第三に、産業クラスター形成です。プルタミナとトヨタの合弁は、生産から供給までを結ぶ新たなサプライチェーンを生み出します。

しかし、課題もあります。原料需給の安定、品質管理、物流、そしてCO₂削減効果の確保など、解くべき問題は少なくありません。ですが、インドネシアが、ブラジルと並ぶアジア最大級のエタノール産業国となる潜在力を持つのもまた事実なのです。

結びにかえて

2027年のE10義務化は、インドネシアが「輸入依存から自給へ」向かう転換点となるでしょう。そしてトヨタの参入は、その歴史的な転換を後押しする象徴的な出来事です。ここから先、インドネシアのエタノール産業は本格的な発展期を迎えることが見込まれます。

(画像6 キャッサバの塊根。この部分をバイオマスとして利用する)

古くからクエ・ラピスに使われてきたサトウキビ、キャッサバ、トウモロコシは、時代とともに新たな役割──エタノールという「現代のエネルギー」を生み出す資源──としての顔を見せ始めています。その三つが揃うランプン州は、国内生産を軸にしたE10政策を後押しする「自然の強み」を備え、農産物政策とエネルギー戦略の双方に位置づく重要な生産拠点でもあり、その変化の最前線に立つ地域となりつつあるのです。

日本とインドネシアに拠点を持つ弊社インドネシア総合研究所では、インドネシアのE10義務化方針やエネルギー政策の全体像、現地自動車メーカー・エネルギー企業の動き、農業・農村経済へのインパクトなどについて理解を深めたい企業様向けに、「社内学習セミナー」をご提供しております。経営層向けにはマクロな政策枠組みと市場機会の整理を、事業開発・現場担当者向けには原料調達、立地選定、規制・インセンティブ制度の実務ポイントなどを分かりやすく解説するなど、ニーズに応じたカスタマイズが可能です。

また、工業団地の比較調査、政策担当官・国営企業・地方政府との関係構築のサポート、関連規制・税制・投資インセンティブの整理、潜在パートナー候補(農業系企業・集荷業者・エネルギー企業等)のスクリーニングなど、実務に直結するリサーチおよびコンサルティングサービスも承っております。

インドネシアのE10政策やエネルギー市場、自動車・エネルギー・農業をまたぐ新たなビジネス機会、ならびに具体的な投資・事業展開にご関心がございましたら、どうぞお気軽に弊社インドネシア総合研究所までお問い合わせください。

参考文献リスト

(E10政策・国内生産方針まわり)

(バイオディーゼル/外貨節約額)

(トヨタのエタノール投資・ランプン州)

(GIIAS 2023・フォーチュナー フレックスフューエル他)

画像リスト出典

画像1 TasteAtlas サイト「クエ・ラピス紹介ページ」
URL:https://www.tasteatlas.com/kuih-lapis

画像2 エネルギー・鉱物資源相バリル・ラハダリア氏
ANTARA News サイト「政府、2027年からガソリンへのエタノール10%混合を義務化」
URL:https://en.antaranews.com/news/387809/ri-govtto-mandate-10-percent-ethanol-blend-in-fuel-by-2027

画像3 トヨタ・フォーチュナー フレックスフューエル autox サイト “Toyota Fortuner Flex Fuel makes its global debut at GIIAS 2023 “ URL:https://www.autox.com/news/car-news/toyota-fortuner-flex-fuel-makes-it-global-debut-at-giias-2023-114261

画像4 トヨタ参入を発表するパサリブ副大臣
ANTARA News サイト “Wamen Investasi sebut Toyota ambil peluang penuhi bioetanol RI “
URL:https://www.antaranews.com/berita/5231201/wamen-investasi-sebut-toyota-ambil-peluang-penuhi-bioetanol-ri

画像5 ランプン州地図
ランプン州位置図(筆者作成)

画像6 キャッサバの塊根
Gardening Know How サイト “Growing Cassava (Yuca) “
URL:https://www.gardeningknowhow.com/edible/vegetables/cassava/growing-cassava-yuca.htm

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