インドネシアで進むハラール認証義務化――CoCo壱番屋のハラール認証取得から見る影響とビジネスチャンス

近年日本のインバウンド需要が高まっています。日本政府観光局(JNTO)の公表値によれば、2025年1〜9月の訪日外客数は累計31,650,500人に達し、過去最速で3,000万人を突破しました。インドネシアからの観光客も年間で50万人を超え、その数は年々増加しています。食事や宗教配慮への対応が、日本滞在の評価を左右する要因となっており、こうしたインバウンド対応の積み重ねは、現在インドネシア国内で進むハラール認証制度の義務化と重なり、日本企業にとって新たな事業判断の材料となりつつあります。
■多様化するインバウンド観光客の嗜好
JNTOの2024年調査(世界22市場対象)によれば、国外旅行先での行動として「その土地ならではの料理」を選ぶ割合が、いずれの地域でも最も高いという結果が出ています。
東アジアや東南アジアでは美食志向がとりわけ強く、欧米豪・インド・中東でも上位には文化体験系が並びますが、旅行動機の中心に「食」があるという構図は地域を問わず共通です。つまり、来日動機を強めるには、日本各地のローカルフードを、季節感や土地の物語と結びつけ、体験として味わえる形に磨き上げることが、集客の軸になります。
2024年に実施された民間の調査では、インバウンド観光客が日本で食べたい料理の第1位はラーメンで、以下、会席料理、刺身、天ぷら、鉄板焼きと続きます。6位には日本風カレーが入り、寿司一辺倒だった従来の日本食イメージが多様化していることがうかがえます。
この10年間で、日本に関する海外旅行者の情報源は、SNSの普及で一気に多様化しました。その結果、「日本といえば京都」「日本食といえば寿司」といった単純な図式は過去のものとなり、外国人旅行者はより細かい「食の冒険」を求めるようになり、インバウンド観光は新たな段階に入っています。
■インドネシアにおける日本食ブーム
こうした傾向はインドネシアにおける日本食の定着にも表れています。南ジャカルタ・ブロックMの日本食スーパー「パパイヤ」では、在留邦人のみならず、現地の住民や家族連れが絶えず出入りし、精肉・鮮魚・総菜・ベーカリー・菓子に至るまで、日本仕様の食材と味を日常的に買い求めています。

閉店前の値引きタイムになると、刺身や寿司パック、弁当コーナーを人だかりが取り囲み、スタッフの合図と同時に商品が一斉にカゴへ吸い込まれていく光景はもはや日常となりました。
日本食は、インドネシア、とりわけジャカルタにおいて、特別なご馳走から「品質・衛生・味の再現性に優れた日常食」へと進化しました。価格帯は必ずしも安価ではありませんが、味の安定性や丁寧な表示、即食性が都市生活者のライフスタイルに合致しています。
さらに、ハラール配慮やポーク不使用メニューの拡充、デリバリーアプリの普及などにより裾野が一段と広がりました。ラーメン、カレー、牛丼、焼肉、しゃぶしゃぶ、居酒屋、ベーカリー、抹茶系スイーツといった業態が並ぶジャカルタの飲食街は、昼のビジネスマン需要から夜の多国籍交流までを支える多層的な食文化圏を形成しているのです。
■CoCo壱番屋の挑戦
そのような中、象徴的なニュースが飛び込んできました。前述の調査で6位に入った「日本風カレー」を主力とするカレーハウスCoCo壱番屋インドネシアが、2025年10月30日、宗教省所管のハラール製品保証実施機関(BPJPH)より全メニューのハラール認証を取得したのです。
これはBPJPHによるハラール認証としては初めての快挙であり、「ハラール対応の日本式カレー」という新しいカテゴリーを提示したことになります。カレーは日本食の中でも「カスタマイズ文化」の象徴でもあります。辛さ、量、トッピング──組み合わせはほぼ無限大。この自由度の高さは、多民族・多宗教社会インドネシアの食文化とも相性が良いのです。

■ハラール認証
ハラール認証と聞くと、「宗教的な審査」と思われるかもしれません。ですが実態はもっと厳しく、もっとビジネス的です。
原材料の調達、保管、調理、提供に至るまでの全工程が、宗教・衛生・品質の観点から定められた基準に適合していることを示さなければなりません。すなわちサプライヤー証跡の整備、厨房内のゾーニング、交差汚染防止策、従業員教育、内部監査(SJPH)といった包括的な管理が求められるのです。
CoCo壱番屋もハラール認証取得まで約1年を要しました。LPH(審査機関)がスパイス一つ、工程一つまで細かく確認し、「この店は100%大丈夫」という保証を、宗教省のBPJPHが公的に示します。つまりハラール認証とは、ムスリムにとっての「究極の安心マーク」に近いものなのです。
では、この制度を支える法律はどうなっているのでしょうか。
■JPH法が定める「製品」の射程
制度の基盤となるのが、2014年法律第33号(JPH法)です。同法は、インドネシア国内で流通・取引される製品に、ハラール認証または非ハラール表示のいずれかを行うことを求めています。同法の定義する「製品」は広範です。
食品・飲料、医薬品、化粧品といった一般的な消費財にとどまらず、化学製品、生物由来製品、遺伝子組み換え製品、そして加工・保管・包装・流通・販売などのサービスも対象に含まれます。消費者に届くモノとその提供プロセスの双方が制度のカバー範囲にある点が特徴です。
■「食品から日用品、そして医薬品へ」の義務化タイムライン
まず食品・飲料については、中規模・大規模事業者に対して2024年10月18日以降ハラール認証の取得が必須となります。一方、零細・小規模事業者および輸入品には2026年10月17日までの猶予が与えられています。
次に、化粧品、医薬部外品、衣類、日用品などは2026年前後から対象が広がり、医薬品については2029年、2034年へと長期的なスケジュールが設定されています。端的に言えば、義務の範囲は「食品から日用品へ、そして医薬品へ」と段階的に広がる設計です。各期限を過ぎても未認証のまま流通させれば、警告、是正命令、流通停止、罰金などの行政措置が科され得ます。
■非ハラール製品と「Tidak (Non)Halal」表示
一方で、豚肉製品や酒類のように宗教上ハラールになり得ない製品は、認証の対象外とされます。その場合は、「非ハラール(Non Halal)」と明確に表示すれば、流通が認められます。

■レストラン業はどこまで義務か
飲食サービス業についても、制度上の位置づけは明確です。KMA(宗教大臣決定)748/2021では、食品カテゴリー(Makanan)の下に、レストラン、カフェ、食堂、ケータリング等が列挙されており、飲食サービスはハラール認証義務の対象種別として整理されています。つまり、レストランチェーンが製造・提供する食品・飲料も制度の枠組みに含まれます。とりわけ中規模・大規模事業者にとっては、2024年以降の義務化スケジュールへの対応が急務です。
もっとも、法令に「認証がなければレストラン営業そのものができない」と明記されているわけではありません。とはいえ、提供する食品・飲料が義務化の対象に含まれている以上、未認証のまま販売すれば行政制裁のリスクが生じ、ブランドへの信頼にも影響します。実務上は、「ハラール表示」「原材料・調理工程の管理」「内部管理体制の整備」を日常業務として回し込むことが欠かせません。

■ハラール認証取得の意義と導入検討の重要性
ハラール対応の要諦は、単なる宗教的配慮にとどまらず、サプライチェーン、品質管理、店舗オペレーション、人材育成、法令対応を横断した全社的なマネジメントを確立する点にあります。制度対応の負荷は小さくありませんが、これを乗り越えた企業には市場の信頼が集まり、新たな成長機会が開けます。
インドネシアの外食市場は、価格に敏感である一方、衛生面、味の安定性、提供スピードへの要求も高いです。日本式カレーは、これらの条件を総合的に満たします。
- いつ食べても味が同じ(再現性)
- 早い(提供の速さ)
- トッピングの自在性(文化適応力)
- 子どもから大人まで食べられる(普遍性)
そこに「ハラール認証」という安心が加わりました。認証を通じて「どの店舗でも安心して食べられる」という信頼を獲得できれば、同社にとっては、昼のワーカー層から夜のファミリー層、さらにはデリバリー市場まで、狙える領域を広げる大きな転機となるはずです。
今後は、ジャボデタベック圏のオフィス街や商業施設での深耕に加え、大学・工業団地周辺への出店や地方中核都市への展開が視野に入ります。さらに、ハラール表示を生かした販促や、デリバリーアプリとの連携強化など、多角的な戦略が想定されます。

■結びにかえて
日本風カレーは、いま静かに姿を変えつつあります。もはや「日本の国民食」という枠を超え、世界の食文化と結びつきながら、新しい相互作用を生み始めています。CoCo壱番屋のハラール認証は、その変化を象徴する一歩と言えます。「辛さ10倍 × 唐揚げ × 目玉焼き × サンバル」──そんなインドネシア流カレーが生まれる可能性もあります。
インバウンドをはじめとする「日本風カレー」への国際的な関心、ハラール対応による安心の可視化、そして多店舗運営力──この三位一体の構成によって、CoCo壱番屋はインドネシア市場における日本食チェーンの新たな成功モデルを提示したと言えます。
日本とインドネシアに拠点を持つ弊社インドネシア総合研究所では、インドネシアのハラール認証制度(JPH法)や義務化タイムライン、外食・小売・食品メーカーへの影響、日本食チェーンの展開可能性について理解を深めたい企業様向けに、「社内学習セミナー」や経営層向けブリーフィングをご提供しております。
また、ジャカルタ首都圏や地方中核都市における日本食・外食市場の実態調査、ハラール認証取得に向けたロードマップ整理、BPJPH・LPH・関連省庁との情報収集支援、現地パートナー候補(フランチャイジー、デベロッパー、モール運営会社、食材サプライヤー等)のスクリーニング、日本国内でのインバウンド需要とインドネシア側でのハラール対応を組み合わせた二国間ビジネスモデルの検討など、実務に直結するリサーチおよびコンサルティングサービスも承っております。
インドネシアにおけるハラール認証制度や外食・日本食市場の展開可能性、および具体的な投資・出店・パートナーシップ構築にご関心がございましたら、どうぞお気軽に弊社インドネシア総合研究所までお問い合わせください。
参考文献
1.日本政府観光局(JNTO)公式WEBサイト「訪日外客数(統計データ一覧)」 URL: https://statistics.jnto.go.jp/en/graph/
2.日本政府観光局(JNTO)公式WEBサイト「世界22市場を対象とした国外旅行・訪日旅行に関する新たな調査結果を公表!」 URL: https://www.jnto.go.jp/news/press/20240125.html
3.日本政府観光局(JNTO)公式WEBサイト(PDF)「世界22市場を対象とした国外旅行・訪日旅行に関する新たな調査結果を公表!」 URL: https://www.jnto.go.jp/news/20240125.pdf
4.電通公式WEBサイト “Japanese Brands from a Global Perspective – AWA Session” URL: https://dentsu-ho.com/en/articles/9120
5.インドネシア・ウラマー評議会(MUI)公式WEBサイト “Curry House CoCo Ichibanya Is Halal, Enjoy Delicious Curry Without Doubt” URL: https://halalmui.org/en/curry-house-coco-ichibanya-is-halal-enjoy-delicious-curry-without-doubt/
6.SIP Law Firm公式WEBサイト “Indonesia’s Halal Certification: Legal Framework and Global Market Strategy” URL: https://siplawfirm.id/indonesias-halal-certification-legal-framework-and-global-market-strategy/
7.米国農務省(USDA)FASインドネシア事務所公式WEBサイト(PDF) “Halal Assurance Law Implementing Regulation Revisions” URL: https://usda-indonesia.org/wp-content/uploads/2024/11/2024-Halal-Assurance-Law-Implementing-Regulation-Revisions_EN.pdf
8.インドネシア宗教省・BPJPH公式WEBサイト “BPJPH: Cosmetic Products Must Have Halal Certification by October 2026″ URL: https://bpjph.halal.go.id/en/detail/bpjph-cosmetic-products-must-have-halal-certification-by-october-2026/
9.インドネシア宗教省公式WEBサイト(PDF)”Keputusan Menteri Agama RI No. 748 Tahun 2021 tentang Jenis Produk yang Wajib Bersertifikat Halal” URL: https://halalmui.org/wp-content/uploads/2023/05/Keputusan-Menteri-Agama-RI-No-748-Tahun-2021-Tentang-Jenis-Produk-yang-Wajib-Bersertifikat-Halal.pdf
10.インドネシア宗教省・BPJPH公式WEBサイト(PDF)”Keputusan Menteri Agama RI No. 944 Tahun 2024 tentang Perubahan atas KMA 748 Tahun 2021″ URL: https://cmsbl.halal.go.id/uploads/KMA_944_tahun_2024_ttg_Perubahan_atas_KMA_748_Tahun_2021_ttd_682f720fb6.pdf
11.Assegaf Hamzah & Partners法律事務所公式WEBサイト(PDF)”The Legal Duty to Declare Non-Halal Products” URL: https://www.ahp.id/clientalert/AHPClientUpdate-20June2025-2.pdf
12.PwC Indonesia公式WEBサイト(PDF)”Legal Alert 2023-15: Halal Product Law and Implementing Regulations” URL: https://www.pwc.com/id/en/publications/legal/legal-alert-2023-15.pdf
画像出典リスト
1.画像1 筆者撮影(新宿区・ゴールデン街の現地写真)
2.画像2 dessert-island.net WEBサイト「パパイヤ ブロックM店 店内紹介」 URL: https://www.dessert-island.net/archives/property_blog/3742
3.画像3筆者撮影(渋谷区代々木・店舗外観写真)
4.画像4 KISS FM Medan公式WEBサイト”MUI Wajibkan Tanda ‘Tidak Halal’ untuk Produk Non Halal “ URL: https://kissfmmedan.com/mui-wajibkan-tanda-tidak-halal-untuk-produk-non-halal
5.画像5 著作権フリー素材
6.画像6 my55update.com WEBサイト “Jakarta Grand Indonesia Restaurant Update” URL: https://my55update.com/jakartagrandindonesiarestauran



