【コラム】インドネシアのLGBTQ+を取り巻く状況

昨今、「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉を耳にすることが増えてきました。
ダイバーシティは直訳すると「多様性」、インクルージョンは「受容、包摂」という意味で、ダイバーシティ&インクルージョンとは、多様な人材を活かし、その能力が発揮できるようにする取り組みを指します。

こうしたダイバーシティ&インクルージョンの概念は日本企業にも積極的に受け入れられ始めており、その一環として、LGBTQ+(性的マイノリティ)に対する差別を無くし、個を尊重して新たな価値を創造していく試みが模索されています。先日代々木公園で東京レインボープライドが開催され、多数の企業ブースが出展されたことも記憶に新しいのではないでしょうか。

一方で、インドネシアにおいては、こうしたダイバーシティ&インクルージョンが進んでいるとは言い難く、とりわけLGBTQ+の人々に対する反感やタブー意識が根深く存在しています。
インドネシアでビジネスを展開する際には、インドネシアの人々がどのような経緯でどういった価値観を持っているのかあらかじめ知っておくことで、コミュニケーションのすれ違いやトラブルを避けることができるでしょう。

そこで今回は、インドネシアにおけるLGBTQ+コミュニティと社会の変遷についてご紹介します。

インドネシアのLGBTQ+を取り巻く状況

インドネシアは多民族国家であり多宗教国家であるものの、人口の9割近くがイスラム教を信仰していることもあり、イスラム教的な価値観がマジョリティを占めています。

インドネシアの宗教全般やイスラム教の基礎知識に関しては、以前他のコラムにて紹介させていただきましたのでぜひ併せてご覧ください。

参考コラム:


こうした事情から、インドネシアではLGBTQ+はイスラムの教義に反しているため道徳的に認められないと考える人も多く存在します。

2016年に、34州の延べ1520名のムスリムを対象に行われた調査では、26.1%もの人がLGBTQ+が好ましくない集団であると回答しました。

出典; Wahid Foundation, “ Potensi Intoreransi dan Radikalisme Sosial-Keagamaan di Kalangan Musulim Indonesia”

(2016)より弊社作成(閲覧日:2023年5月2日)
http://wahidfoundation.org/index.php/publication/detail/Hasil-Survey-Nasional-2016-Wahid-Foundation-LSI

また、2020年時点での東南アジア・東アジアにおけるLGBTQ+に対する諸国家の処遇は以下の通りとなっています。

  抑圧
(犯罪化・病理化)
放置 支援
(法的権利)
民主主義体制 インドネシア
マレーシア
フィリピン
日本
韓国
台湾
差別禁止法(2007)
同性婚合法化(2019)
移行期体制・競争的権威主義体制   ミャンマー
シンガポール
カンボジア
タイ
差別禁止法(2013)
一党独裁体制   ベトナム
ラオス
中国
 

(出典:日下渉・青山薫・伊賀司・田村慶子編著(2021)『東南アジアと「LGBT」の政治』明石書店)

インドネシアでは、シャリーア法(イスラム法)の認められているアチェ州を除き、LGBTQ+であることに対する直接的な取り締まりや罰則などは存在しないものの、インドネシア臨床心理学会はLGBTが治療の対象であるという立場をとっています。

インドネシアでは、国立大学の学生などに尋ねてみても、LGBTQ+の人々がいることは理解できるが治療が必要だと思う、モラル的には認められないと思う、というような意見が聞かれることがしばしばあります。

また、LGBTQ+を対象と明文化した法律はないにもかかわらず、風紀を乱すといった理由で警察がゲイ・パーティーを取り締まる事件なども近年増加しています。

加えて、2022年12月には、婚前・婚外交渉や同棲に懲役刑を科す刑法改正案が可決されました。
改正された刑法は3年後に施行される予定で、婚外交渉をした場合、最長で1年の禁錮刑となります。インドネシアでは同性婚は認められていないため、必然的に同性カップルの同棲や性交渉も違法となります。

出典:https://jp.reuters.com/article/us-indonesia-law-lgbt-idJPKBN2TS0CF

このように、インドネシア社会におけるLGBTQ+の立場は他国と比べて弱く、また十分な理解が得られていない状況にあります。

反LGBTQ感情の高まりとその経緯

ここまで、インドネシアにおけるLGBTQ+を取り巻く厳しい状況について見てきましたが、実は、このようなLGBTQ+への反発や脅威論は歴史の古いものではなく、むしろ近年急速に政治イシュー化してきたものです。

そもそも近代以前のインドネシアでは、トランスジェンダーが特殊な能力を持つ存在としてみなされるなど、社会の中で当然の存在として受け入れられていました。

しかし、20世紀初頭のイスラム改革運動によってインドネシアのLGBTQ+の社会的な地位が低下し、当事者らによる権利を求める運動がおこるようになりました。
とりわけ、1998年の民主化以降は活動が盛んで、当事者間のクローズドなコミュニティから社会に開かれた大規模な運動に展開するなど、一定の進歩も見せていました。
また、2000年代前半には社会的にも好意的にも運動が迎え入れられていました。

(参考:大形里美(2019)「インドネシアにおけるLGBT運動を取り巻く状況―LGBT運動の展開と近年の対立の構図」『九州国際大学国際・経済論集』3: 47-78)

しかし、その後テレビなどでの公開討論の中でイスラム保守派からの反対の声も大きく取り上げられるようになり、ここ数年でLGBTQ+への風向きが急激に悪化しています。

こうしたバックラッシュの背景には、当初から一般社会の理解度が低かったこと、LGBTQ+の運動そのものが盤石でないことに加え、LGBTQ+の人々から一定の支持を受けていたジョコ・ウィドド現大統領政権への揺さぶりをかけるため、意図的に政治イシュー化されたといった理由が考えられています。

(参考:岡本正明(2016)「<論考>民主化したインドネシアにおけるトランスジェンダーの組織化と政治化、そのポジティブなパラドックス」『イスラーム世界研究』9: 231-251)

今後インドネシアのLGBTQ+の問題やダイバーシティ&インクルージョンがどのように進展するかについては、政権の采配によるところが大きいと考えられます。

今回のコラムでは、世界最多のイスラム人口を抱える国、インドネシアにおけるLGBTQ+を取り巻く状況についてご紹介しました。
インドネシアのイスラムは穏健で寛容とされてきましたが、それでもやはり宗教が人々の生活や価値観と密接に結びついているため、日本では受け入れられつつある概念がなかなか受け入れられないことも、実際に存在します。

そのためインドネシア現地でのビジネス展開などに際しては、宗教やLGBTQ+の問題に限らず、現地に精通したスタッフを雇用し、適切な事前調査やコミュニケーションを図っていくことが、事業のリスクマネジメントの上でも必須と言えます。

インドネシアにおける新規事業立上げやインドネシアの様々な市場への参入をご検討なさっている事業者の皆様、ぜひ事前に弊社の調査活用をご検討ください。
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